強がりな妹
三題噺もどき―ひゃくよんじゅう。
お題:花束・サッカー・強がり
バタン―と、運転席から降り、扉を閉める。
外に出た瞬間に、ぶわり、と熱が私を襲う。しかしそれは気に留めず、そのまま後部座席の扉に手を掛ける。
バコ―と勢いよく開くと、そこには小さめの花束が寝かされている。迷わずそれを手に取り、もう一度扉を閉じた。
「……」
目の前に建つのは、この田舎で一番大きな病院。入り口では、今日退院なのだろうか。家族連れがいる。建物にはたくさんの窓があり、開いていたり閉じて居たり。カーテンを揺らしていたり、ぴったりと閉じていたり。それも人それぞれという事だろう。看護婦さんとかが開けそうなものだけど。
「こんにちは~」
それはさておき。私も院内へと足を向ける。すれ違った人々に挨拶をしながら。迷わずに受付へと向かっていく。―受付に居るナースさんとはもう顔見知りと化している。
「こんにちは」
「あら、こんにちはぁ」
いつものように、軽く挨拶を交わし、面会のためのサインを書く。書くときに少々花束が邪魔をしてきたことは、秘密にしておこう。
「今日も元気そうだったわよ」
「…そうですか。よかったです」
「あなたも、あまり無理しないでね」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
―それでは。
と、適当に会話を切り、目的の部屋へと向かう。ここの人とほぼ顔見知りだと言ったとて、会話はもとより苦手なのだ。顔を知られてしまっているのも、正直嫌なぐらいなのだが。それはもう、ここに通う以上は仕方のないことだと諦めがついている。ついているが、話したくはないので、適当にあしらうのだ。相手が不快に感じない程度に―のつもりではあるが実際どうか知ったことではない。
「……」
花束を抱えたまま、廊下を進む。
その道中、いろんな人とすれ違う。
点滴を持った若者も、杖をついた老人も、車いすに座る少年も。
彼らはにこりと笑いかける。「こんにちは」とあいさつをする。
どれだけ辛かろうと。苦しかろうと。他人の私には見せまいと。どこまでも気丈にふるまう。―まるで私の妹のように。
「やほー」
ガラガラと目的の部屋の引き戸を開く。開けながら、この時間に妹以外の人がいないことをいいことに、いつもの調子で声を掛ける。
大部屋で、ベットが六つ。カーテンで仕切られてはいるものの、プライベート空間でも何でもない。小さな大部屋。
「やっほー」
その、一番奥から返事が返ってくる。外向きにつけられた窓のすぐ横。
私の妹は、そこにいる。
「調子どう?」
「いいかんじー」
「そ…」
にっこりと笑う彼女は、どこまでも、彼女なのだ。
患者衣を身に着けていても、片足を宙につるされていても。
どこまでも、彼女は彼女なのだ。
「そりゃよかった」
それしか言えない私は、姉として失格なのだろうか。
「……」
だって、そんなはずはないのだ。
いい感じなわけがない。
平気なわけがない。
笑顔でいられるわけがない。
それでもこうして、笑っていられるのが、彼女らしさでもあるが。どこまでも強がりな、彼女の長所ではあるが。
「さっきねー部員の子達が来てくれてー…」
「……」
そう話し出す彼女は、それでも笑っているのだ。
「……」
今日みたいな夏の日。
異常なほどの暑さが続いていた日に。
彼女は、倒れた。
その日も、その部員たちと。いつものように、練習をしていた。その前日にも、それ以上の練習をしていたのに。―それがよくなかった。
医者には、どう考えでもオーバーワークだと告げられた。
それは、大切な。彼女の人生において、大切で重要な。大会の前日だった。
彼女は倒れ、走ることも、蹴ることもできなくなった。
「……」
あんなにも大切にしていた、サッカーを二度とできなくなるかもしれないと、告げられた。
もちろん、最大の努力はするし、リハビリ次第では可能かもしれないと、医師は言った。
しかし、それは、他人から見た憶測だ。希望的観測だ。
「……」
当の本人には、もうできないと分かっていた。
何をしてもう無理だと、彼女自身は分かっていた。
それでも、両親や医師や、同じサッカーチームの人々には、希望を持っていて欲しいと。
1人、無理な。無意味な、努力を続けることを、決めた。
「……」
私はそれを、止めなかった。止めようとも、思わなかった。
私の妹の決めたことだ。強がりな彼女が決めたことだ。
それが無駄だと、彼女が分かっているということに気づいていたところで、私が口を出す問題ではない。
「…それでねー…って聞いてる?」
「うん、聞いてる」
「ぁ、それひまわり?」
「そうだよ、もう夏だからね」
「そうだよねーもう暑いもん」
だから私は、こうして彼女に会いに来る。
花束をもって、妹に会いに来る。
どこまでも強がりで、負けず嫌いで。
それ以上に、他人の事を大切にする彼女に。
彼女に似合いな、明るい、美しい、笑顔のような花束をもって。
いつか、泣ける日が来るようにと、願って。