12.観戦室での謎盛り上がり(2)
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そうこうしている内に準決勝が終わった。
決勝は予想通り《ネルヴァ相談所》元メンバーによる、最早Aランク試験とは呼べない頂上決戦である。ここまでの全てが茶番であった気さえしてくる。
元々お仲間であったはずのグロリアとジモンの邂逅は実にあっさりしたものだった。
《レヴェリー》一の鉄面皮であるグロリアは彼の登場にまるで反応を示さず。一瞥したのみ。一方でジモンはやや動揺し、驚いた様子を見せていた。
ただ顔合わせ後の、ジモンの意外な行動は控室にいる敗者達をざわつかせる事となる。
粗暴そうな彼がグロリアに対し恭しく一礼した。今までそんな行動は一切取らず、粗野な振る舞いが目立っていただけにジークでさえも思わず《投影》を二度見した程だ。それは遠目にでも分かる、グロリアへの敬意の表れである。
「やっぱりグロリアとは仲間だったのね。再会できて嬉しそうだわ」
「感動の再会にしては、ジモン側が仰々し過ぎませんかね……」
エルヴィラの恐ろしく前向きな発言に毒気を抜かれてしまう。彼女は世の中には善人ばかりが存在しているのだと、本気でそう思っていそうな節があって別の意味で心配だ。
それはそれとして、外野の騒ぎ声をジークの耳が勝手に拾う。《相談所》だとかグロリアだとかの単語で意識がそちらに向いてしまうからだろう。
「《レヴェリー》のメンバーと知り合い? ほらあの、グロリアって子」
「さあ。決勝だからパフォーマンスじゃね?」
「そうだとしたらグロリアさんパフォーマンス無視じゃん……。知り合いだったのかな」
「そんな事より、ジモンとグロリアの体格差が酷くて話が何も入ってこない」
「視覚的な絶望感は確かにあるよね」
指摘の通り、グロリアとジモンの体格差は酷いの一言で表せる。
まるで大人と子供くらいの差が二人の間には横たわっているのだ。当然、ジモンは獣人である以上、その見た目に違わぬタフさと攻撃性を持っている。
ざわつくBランカー達を前に、ジークは痛む胃を抑えた。
どちらも容赦のない受験者だ。《投影》とはいえ、なかなかグロテスクな展開になりそうである。
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――どうして……?
《投影》内の闘技場に入ったグロリアは、内心で滂沱の涙を流しながら呟いた。
対戦相手はジモン・ヴァフロス。獣人・ウヴァル族。よくよく存じ上げている人物であり、《ネルヴァ相談所》における唯一にして無二の後輩だ。自分より後に入ったのは彼だけである。
――大きい! 恐い! 強い!
三拍子が揃っている上、対峙した時の圧が凄い。潰れてしまいそうだ。見上げる程に大きいし、顔も険しい。自分と彼の体格差がえげつない事になっている。
硬直していると、先に声をかけて来たのは先程まで驚いた様子だったジモンの方だった。低くて太い声が耳朶を打つ。
「お嬢、お久しぶりです」
「……久しぶり」
「まさか《レヴェリー》にいるとは思いませんでした。俺の所属など興味はないでしょうが、今は《レアルタ》に身を置いています」
――その呼び方、もうやめてくれないかな~!
もう何百回そう思ったか分からないが、訂正する勇気が出ず今に至る。当時、《ネルヴァ相談所》で最年少だった上、小さな頃から在籍していたので「ネルヴァの娘」のような扱いを受けていた弊害である。
あとから入った彼はそれを真に受けたに違いない。所長には世話になったが、親子関係は特にないのである。
「こんな形で再開するとは思いませんでしたが……。胸を借りるつもりで挑みましょう」
何か返事をしようとしたが、遠くで開始の合図が響く。そちらに気を取られてしまい、既にジモンが更に言葉を続けていた。これがコミュニケーション弱者のタイミングがいつも悪い所以である。
「あれから数年……環境は変わりましたが、自己研鑽は怠っていません。よろしくお願いします」
出会った頃はもっと尖っていた彼だったが、驚く程正直な人物なのである。今となってはチンピラ時代の面影が無い。磨けば光るタイプだったのだろう。《相談所》のメンバーに言葉遣いを叩きこまれてからはずっとこの調子だ。
尤も、どことなくイントネーションや威圧感等に当時の片鱗が見え隠れしているのだけれど。
始まっているはずなのに動かないせいで、進行役が慌てているのが聞こえてきている。合図を無視して申し訳ないが、身内同士の模擬戦などこんなものだ。
ジモンは普通に恐いが、それでも負ける訳にはいかない。イェルドへの恩義と、そしてまだ先輩としての尊厳を失いたくないからだ。
彼の手の内は分かっている。そしてそれは、逆もまた然り。
ジモンは圧倒的な近距離・中距離物理アタッカーだ。
彼は持ち前のフィジカルによる投石で中距離をも攻撃範囲とする。加えて通常の獣人より魔力量が多い。油断していると思わぬ所で魔法を使用されてしまい、色々と面倒な事になるだろう。
そして当然、恐ろしくタフだ。急所を貫かれれば一溜りも無いのは生物的に仕方がないが、多少の傷ではその勢いは止められない。獣人の恐ろしい部分を全て最高水準にしたような存在だ。
――いや待って? これどうやって勝つの、私……。
どうやら駄目っぽいな、グロリアは心中で項垂れた。