10.予選で既につらい(3)
何度も観戦しているだけあって、クリメントの切り替えの早さと開始のタイミングを察知する能力はかなり高めだ。
静かになった彼を横目に、イェルドもまた闘技場に視線を落とす。
「始まるな」
「はわわ~! 推しが動いてるぅ!」
「さっきも動いてただろ……」
模擬戦開始の合図がドーム内に大反響する。
先程のグロリアは魔弓を駆使して勝ち抜いたが、今回は間合いを取り辛いと判断したのか愛刀を手に持っている。
対戦相手のエルヴィラの獲物は片手剣だ。身軽な動きを得意とするらしいのは得物と、筋肉量で分かる。彼女は俊敏に動きつつ、魔法も使うタイプだろう。それなりに拘った装備品の数々でそう推測可能だ。
そして遠目で観ているイェルドですらそう判断するのだから、対峙するグロリアに諸々の情報は筒抜け。余程の奇をてらう動きか或いは純粋な技量で彼女を出し抜くしかない。
――そういえば。実は同体格、似た戦法を取る相手と戦っている所をあまり見ないな。グロリア。
彼女はその性質故、一回りも二回りも大きい手合いと戦っている場面がほとんどだ。グロリアとエルヴィラの体格に大きな差は無いが、それでもエルヴィラが小さく見えるのが不思議である。
既に膠着状態。エルヴィラがあまりにも用心深く機を伺っており、睨み合うだけで十数秒が経過した。ひりつくような緊張感が観戦場内にも漂い始めている。
「エルヴィラ氏、圧に打ち勝てなかったか?」
――と、そのエルヴィラが動いた。
接近を諦め、《火撃Ⅰ》を放ちグロリアを牽制する。が、これは格上相手には悪手だ。この広い闘技場で真正面から真っすぐに飛ぶ火の玉に当たる阿呆はいない。
事も無げに最低限の動きで回避したグロリアが、ぐっと距離を詰めた。流れる水のような動きで自然に上段に構え、間髪を入れず下段へと振り下ろす。
真正面からこの動きを見ていたエルヴィラがすかさず防御姿勢に移るが、これはタイミングが合わない。少し遅れたばかりに押し返せず、肩口から脇までを刃が抉った。堪らずそのエルヴィラが後退。
グロリアはそれを無理には追わない。誘い隙を警戒しているのか、或いは強者の余裕だろうか。
「グロリア氏の振り抜き? 速過ぎですな……流石は推し」
「それは速くないぞ」
「え?」
「振り下ろした刃は速くはない。上段に構えるまでの動きが緩く、振り下ろす時が速いからそう見えるだけだ。褒めるポイントは緩急の付け方が通常のそれよりもはっきりし過ぎている上に恐ろしく自然な所だな」
「ええー! 推しの頭がキレッキレで僕、嬉しいです……。考えてなかったけど、横での解説機能付きで快適だし……」
「頭で分かっていれば回避も出来るが……エルヴィラには難しそうだな。タイミングを合わせる事すらままならないかもしれないな……。しかもグロリアは本当に速い場合がある。魔法の補助で。手持ちの装備品を見ないとどちらか判断するのは厳しいぞ……」
「推し……っていうか、性能鬼チート過ぎません?」
「……これな、受験させるのが遅すぎるって後で突かれそうだな……」
話している内によろよろと後退したエルヴィラに、とうとうグロリアの方から追撃を仕掛けた。彼女が再び魔法を撃ってこようとしたので、その前に動いたのだろう。
――目線の動き。
エルヴィラが剣を持たない左側へとグロリアの視線が僅かに向けられる。それを察したエルヴィラが左側を守る為の姿勢を取った。
「逆ぅ!」
けれど実際には右側から左へと刃が通った、それが事実である。
胴を真っ二つにされたエルヴィラを最後に終了の鐘が鳴る。仕切り直しの為、ドーム内の投影映像が一度終了した。
「おわー、読み勝った!? そういう事ですかね、イェルド氏」
「読み勝った、は相手が同格の時にしか成立しないな。今回は都合よく動かすのに成功した、が正しいか」
「ほうほう。と言うと?」
「視線。エルヴィラは理屈を恐らく理解しておらず、完全に生存本能――反射で動いたが、あれはグロリアの誘導だ。ほんの少しだけ、敢えてヒントを出してそこに攻撃する素振りを見せ、防御を反対側から崩す。効率的で且つ自分の体力を減らさずにコマを進めたらしいな。尤も、投影だからあまりそれは関係ないが。勿論、実戦を想定して勝てる立ち回りは協会にきちんと評価されるぞ」
「エルヴィラ氏が理解できていないのに、動かせるってのはどういう理屈で? 申し訳ないのですが、僕、魔法職でして。近接のそういう駆け引きは分からんのです」
「最後、エルヴィラは咄嗟の勘で攻撃が来る方を予想していた。それは無意識の行動で、勘――に見せかけた、グロリアの技術だな。生物は意識せずとも相手が次、どう動くのかを相手の仕草や視線で予測する。意識的にそれを行っている訳ではないから、無意識的に、ようは反射というか防衛本能で最も攻撃が来そうな場所を何も考えず守った」
「ふむふむ」
「しかし実際はグロリアが相手の予想を破壊する為の意識的な視線による行動の誘発だった、が今回のポイントだな。俺は少しグロリアに戦闘の基本を教えた誰かに会ってみたい気持ちになったよ」
彼女の師に当たる人物が相当にマニアック且つ細かく技術を教え込んだのだろう。かなりの労力であったはずだ。相当に奇特な人物に違いない。
クリメントに理解させる為、簡単に説明したが実は口で言う程簡単な技術でもなかったりする。当然、視線誘導には自然な動きが求められるし、視線を誘導している内に自分は逆から奇襲を掛ける体勢を整えなければならない。
同時に二つの全く別の行動を取る。
こういった行動方法を知らない者が見れば、違和感を覚えるだろう。グロリアのそれはどれも完璧だった。イェルドでさえそういう方法があると知らなければ、驚きを隠しきれなかったはずだ。
「いやぁ、しかしやはり強いですなグロリア氏。今の所、傷一つ負わないパーフェクトゲームですぞ。うーん、格の違いとかそういうの好きですわ」
「……そういえばそうだな」
多少傷を負っても勝てる場面での追撃を放棄したのは2回。
投影で観れば何をやっているんだと言いたくなるが実戦であれば? 無傷でBランククラスの手合いを2人葬っている事になる。
普通にゾッとした。