09.予選で既につらい(2)
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投影から目覚めたグロリアは、現実であるのを確認するように数度瞬きし、そうしてベッドから起き上がった。
ジーク戦に勝利した。
申し訳ないが、強くはなかったと言える。《相談所》にはタンク単体が存在しないので分からないが、盾役と言うのはあんなにも身動きの取れないジョブなのか。仲間ありきの役割といった感じだ。
「グロリア」
同じく起きてきたであろうジークが、ベッドの仕切りカーテンを開けて声をかけてくる。何故だろう、何かを納得した清々しいような面持ちだ。
「俺はイェルドさんのパーティで修行と経験を積むよ。Aランクには上がっていないだろうし、何より力不足だと思う」
「……そう」
――ええー! いて欲しい! コミュ障二人でパーティの運営なんて出来ないよ……!!
そう思ったが引き留める為の言葉が思い浮かばない。
そうこうしている内に、眩しそうな目でグロリアを見た彼は少し悲し気に微笑んで見せた。
「ありがとう。……今まで戦った誰よりも強かった」
それを最後にジークのみがスタッフに呼ばれ、部屋を後にした。
入れ替わりで投影室へやって来たのはこれまた見知った顔。言うまでもなく先輩・エルヴィラだった。
「さっきぶりね、グロリア。次は私と勝負よ! ハァ……折角、一回戦を勝ち抜いたのにここでヤバいのと当たるなんてね……」
当然のように仕切りのカーテンを取っ払ったエルヴィラは、何も案内されていないのに既に空いているベッドに腰かけている。そうして、やはり誰も止めないので勝手に話始めた。
「実は私、今回Aランクに上がれないとパーティを辞めさせられちゃうんだよね」
「どういう事ですか?」
「いや、よく分かんないけどリーダー命令……。万年Bランカーは要らないって言われててさ」
――ブラックパーティだよ、恐すぎる!
件のリーダー・リッキーの事はあまりにも高飛車な態度なので要注意人物だと記憶に刻み込まれている。エルヴィラと話をしているはずなのに、ダル絡みしてくるし。
何にせよ負けられないのは同じだ。
イェルドに失望されたくはないし、ベリルに怒られるのもごめんである。申し訳ないが勝ちは譲らない。
***
「グロリアは順調に勝ち上がっているな」
観戦席にて。
映し出されたグロリアVSエルヴィラという対面を見て、イェルドはそう零した。投影では実際の魔力も消費しないし、怪我も無かった事になるので休みを挟む事無く次から次に模擬戦が行われるのは見ている方としてもありがたい。
観戦席がBブロック固定なので他ギルドから出ている人員を確認できないのが玉に瑕だが。これは受験者に別ギルドの受験者情報を伝えない為の措置で、自分も或いはクリメントもBブロック以外の観戦チケットが買えないのが悲しい所だ。
「それにしてもエルヴィラか。面識がないな」
「エルヴィラ氏はリッキー氏のパーティメンバーですな。リッキー氏の所も同じくセレクションの同僚なのでうっすらと記憶にありますぞ」
クリメントが言うセレクションとは、ベスト・セレクションパーティの事だ。《レヴェリー》外では分かりやすくレヴェリー・セレクションなどと呼称されたりもする。
《レヴェリー》内における上位10パーティの総称だ。
イェルドを含むSランクパーティが3つ、リッキーやクリメントを含むAランクパーティ7つで構成されている。
それに伴い、セレクション入りしているAランクパーティを上位Aランクパーティと呼んだりと、そういった文化もあるので少しばかり複雑だが。
「リッキーのパーティか。あまり良い噂は聞かないが、メンバー間の仲は良好らしいな」
「あー、それ、半分嘘っすわ。リッキー氏は選民思想が強くて苦手ですな。パーティに貢献する仲間には優しいですよ。うん、褒めて伸ばすタイプって感じ。でもねー、使えないと思ったメンバーには酷いもんですわ。今の標的はエルヴィラ氏かなあ」
「へえ……。そういえば、Bランク以下のパーティからは苦情が入っている事もあったような気がするな」
「ね? 選民思想が滲み出てるんですって。Bランカーなんで砂糖に群がる蟻くらいにしか思ってないっぽいですぞ。まー、僕もかなり嫌われているのでドブネズミでも見るような目、されてるんですけど」
「そうだとしたら、お前の話も第三者視点の話じゃなくなるな」
「いやいやいや。イェルド氏、苦手なパーティのリーダーにわざわざ気に障るような事は言わないでしょ。リッキー氏はそういう低俗なタイプですねえ。はー、イキリ太郎みたいな人間とは合いませんなあ、僕」
「イキリ太郎?」
「極東で流行ってるスラングらしいですね。ここじゃあんまり伝わらないので、目の前の相手に言いたい放題ですわ」
「ニュアンスと話の流れでバレバレだから止めた方が良いと思うぞ。それに性格や態度が悪かろうと、セレクションには入っているパーティだ。相応の実力はあるんだろうさ」
「実力ねぇ。それは否定しませんけど。あとパーティメンバーのチョイスというか、スカウト能力もね、認めてはいるんです。ただ性格がな~。分かり合えない人種」
そう言ってクリメントは首を横に振り、肩を竦めた。
「よく見ているじゃないか、他所のパーティを。最近はパーティの対立が酷いから、お前を見習えばいいのにな」
「対立ぅ? 時間と労力の無駄なんですけど、何で周りの皆々様はそんな面倒な事を? 僕、セレクション内で最下位または最上位じゃなきゃ何でもいいんで。地位より推し活が大事なんですよね」
「そ、そうか……。ところで、それは何だ?」
いつの間にかクリメントは両手に光る棒を持っている。
「これ? 推しを応援する為に、《ミスリル》に依頼して作って貰った光る棒です」
「……そうか。見づらいからもっと光量を落として使ってくれ」
金の使い方が凄いな。イェルドはそう思ったが、深そうな話題だったので触るのを断念した。そろそろグロリア達の模擬戦が始まる。