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08.予選で既につらい(1)

 ***


 照りつける疑似日光に、観客のいないかつての闘技場の風景。

 何もかもがただの映像で構成された世界に意識だけ連れてくる魔法――投影。投影内部で起こった事は現実には反映されない、模擬戦を行う為だけに考案されたような魔法がこれだ。


 ――これが現実だったら、死を覚悟するだろうな。

 対面するグロリアを前に、ジークはこっそり息を呑んだ。タンクというジョブの関係上、仲間と対面する機会は多くない。対面するのは敵対者のみだからだ。


 対峙するグロリアはいつもと変わらず無表情だ。

 Sランクの魔物を相手取っているような正体不明の威圧感さえ覚える。威風堂々たる佇まいは言葉など無くとも強者だと証明しているかのようである。

 そんなグロリアとの戦闘経験は残念ながらない。

 投影で鍛錬する時も、常に彼女は味方側だった。手の内はあまりにも多すぎて、見ていないものも多いだろう。過去の経験から彼女が次に何をしてくるのか予想するのは不可能だ。


 開戦待ちの間、イェルドの言葉を思い返す。

 タンクがAランクへ上がる為のコツについての話だ。

 最も一般的な方法が時間切れを狙う。ジョブにタンクと記載されていれば、引き分けは勝利扱いとなる。

 次点でアタッカーを兼任する。サブに攻撃できるジョブを持つ者は大抵、1対1になるとアタッカーも自分で担うからだ。

 理に適うというか、パーティで真に使える人材は後者だろう。


 自分はどちらで立ち回るべきか思案していると、場外からアナウンスが掛かる。準備が整ったようだ。

 開始のカウントを聞きながら構える。グロリアは徒手空拳だが、既にジークは愛用の大盾ではなくサブのアタッカー用槍を手に持っていた。


 瞬間、開始の合図が響き渡る。


 グロリアがそれと同時に動き出した。《倉庫》から平然と魔弓を取り出し、それと同時にジークから距離を置くべくその場から大きく後退る。

 人を殺さない為に調整して扱われているこの魔弓は、投影において一撃必殺級の凶悪な武器だ。盾を振り回している場合ではない。


 グロリアの手の中に矢が出現する。流石、あまりにも速い作成だ。

 見た事のない矢だ。赤く輝いている。恐らく炎魔法を練り込んだタイプの矢だろう。属性によっては周辺被害が出るので投影以外ではほとんど使う機会がないものもある。

 決して慌てる事無くその矢が番えられた。


 ――グロリアの狙いは正確だ。1本目を回避して、それから襲い掛かる方がリスクが少ない。

 狙いが正確だという事は、タイミングさえ理解して避ければ相手の隙を誘えるという事だ。グロリアは絶対に外さないという確信がある。


 《レヴェリー》の怪物と目が合う。

 今だと本能で理解し、ジークは真横に進路変更して魔弓の軌道から離脱した。グロリアもまたそれを反射でその動きに付いて来ようとしたが、矢を命中させるには至らない。


 ――悪寒。

 寒いはずなのに熱い風が頬を舐めるように通り過ぎる。


 咄嗟の判断であまり使用回数が残っていない《倉庫》を起動し、大盾を取り出す。振り返ってそれを構えた。

 爆発音が響き渡る。

 少しのタイムラグと共に、地面に突き刺さった矢が盛大な爆発を巻き起こしたのだ。大盾のおかげで無傷ではあるが、背後の矢に気を取られてグロリアがおざなり状態。


 見れば、グロリアは壁際から移動こそしていないものの、新たな色の違う矢を2本、その手にぶら提げていた。

 ――準備を整えられた……。何をしてくる気だ?

 攻めるに攻められず、衝撃に備えて油断なく大盾から相手の様子を伺う。詰めた距離は再度取られた訳ではない。この攻撃を凌ぎ切って、攻めに転じる。


 1本目。金色に輝く矢。光魔法に関連する物がベースだと思われる。

 無機質な目と目が合う度に嫌な緊張感に苛まれていると、ふとグロリアがジークの頭上付近を緩く指さした。

 視線の誘導かと思ったが、何の事は無い。魔法の発動だった。顔に丸い影が掛かる。

 グロリアから視線を外したくはないが、無視する訳にもいかず素早く視線を上げた。同時に矢が放たれた音が響く。


 まず頭の上に出現したそれは、ジークの頭より一回り大きな水の塊だった。《水撃Ⅱ》程度の水量。

 音がしたので視線を戻すより先に、大盾で身を護る。

 ただし、衝撃は無かった。グロリアが放った矢はジークを大きく外れ、頭上の水塊を撃ち抜いたからだ。


「――……は!?」


 矢の光魔法と水塊が混ざり合い、降り注ぐ。

 盾を持ち上げて傘よろしく防ごうとして、そして思い留まった。グロリアはまだ、もう1本矢を持っている。盾を頭の上に掲げれば、人体の急所は全て露出してしまう。

 瞬間的に考えを巡らせて、盾はグロリアに向けたままの状態でこの魔法を身体で受ける選択をした。

 恐らく、立ち止まった時点で詰んでいたのだろうと気付いたのはこのすぐ後。


 2本目の矢が射出される音が響く。淡い緑色の矢だったはずだ。

 ジークが構えたままの大盾に着弾し、そして暴風を巻き起こす。腕が思い切り跳ね上げられた。

 そうしてこの唐突な雨の意味を知る事になる。

 ――大盾が手からすっぽ抜けた。獣人の握力を以てしても耐えられない強風だった訳ではない。手指に力が入らず、拍子抜けするようにあっさり持ち手から手が抜けたのだ。

 あの雨に害はないと思っていたが、ほんの少しの痺れ。まさに力自慢の獣人が気にしない程度の痺れを与える為だけの雨だった。


「クソ……!」


 まだ手の中にある攻撃用の槍を握り直す。この雨から抜けて、次の矢を作成される前に間合いを詰めなければならない。幸い、強い攻撃を防げなくなっただけで、多少のマヒはあってもヒューマンよりは強い筋力を維持したままだ。

 飛んで行った盾から目を離し、前を向いて――そして、息が止まるかと思った。


 既に目と鼻の先に、武器を刀に持ち替えたグロリアが音もなく肉薄していた。まさか近接戦闘を仕掛けてくる気か? 目を疑う行動に思考が僅かに停止する。


 が、そこは獣人。ほぼ反射神経の勢いで、目前に迫る脅威へと槍を突き出した。

 当たれば陳腐な盾など叩き割って本体ごと串刺しにする威力だが、穂先は宙を掻く。グロリアが左足を軸に身体を反転させるという最低限の動きで回避、それと同じタイミングで右手の刃を真っ直ぐに突き出した。

 自分の攻撃が空振りした直後には、身体の中心部に刀身が埋まっているというドッキリ体験。これが生身であったらと考えると震える。


 投影との接続が遮断された事で、目の前が真っ暗になった。


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