03.お勉強会(3)
言われた言葉を噛み砕いて思考する。
しかし、それを受け止める前に状況が変わった。
少しだけ気を抜いた様子だったベリルの空気が、再び張り詰める。それはジークへ向けてではなく、その遥か後方を見て殺気立っているようだった。
背後に何があるんだと振り返って確認する。
まずはグロリアがギルドへ帰還したようだった。ただし、その彼女は別のギルド員に引き止められている。
良い耳が拾う音声によると、大事には発展しないだろう。
どうやらベリルの事を、グロリアに聞く為に数名が群がっているようだった。尤も、それが竜人の耳でも拾える音なのかは分からない。獣人のヴォルフ族は殊更に五感が優れているので基準としてはよろしくない。
しかしベリルの表情を見るに、グロリアがごろつきに絡まれているように見えるのかもしれない。
――でもグロリアなら自分でどうにかするだろう。
そう思って、どちらかと言うとベリルをハラハラしながら見守っていると。それまで黙っていたグロリアが不意に口を開く。
「邪魔」
冷たすぎる声。
急いでいたのかもしれない。それを聞いたギルド員達は青い顔をして解散していった。《レヴェリー》に少しでも在籍しているのであれば、彼女が超危険人物であるとすぐに分かるので当然だ。
彼女はやると言ったら、或いは言わずともやるのである。
「へえ……」
グロリアの《レヴェリー》での立場を理解したのか、ベリルが少し驚いたような声を発した。何故か満足げでもある。やはりグロリアはそうでなければ、と言うようなニュアンスだといえばそれが適当か。
考察している内に、真っ直ぐにこちらへと向かってきたグロリアが合流した。
「やあ、グロリア」
「こんにちは。……ベリルを見てくれていたの?」
「いや、興味があったから話しかけてみただけだ」
「そう。ありがとう」
ベリルにどうしてここで待っていたのかを聞くグロリアに、竜人が先程した説明と同じものを再度説明する。一連の説明を聞いたグロリアは淡々と言った。
「――別の部屋をもう一度借りればよかったんじゃないの」
「ああ?」
「だから、受付に行って別の部屋を借りればよかったのに」
「……」
ジークはロビーにある受付をチラと見やる。ここはギルド員用の窓口ではないが、状況は把握していたようで申し訳なさそうな顔をされた。その答え合わせをするように、項垂れた様子のベリルが呟く。
「だからあの……受付のヒューマン共は、こっちを見てやがったのか」
「そうだよ。別の部屋を案内してくれようとしていたんだと思う」
引っ切り無しに人が入っているだろうに、ヤバい男をロビーに放置できない一心でコンタクトを送っていたのか。流石は大手ギルドの事務員。業務外であろうとこなしてくれようとするその心遣い、まさにプロだ。
一方で気遣い等をまるで気にしないグロリアは、更に言葉を続けた。
「私、ユーリアさんに帰るって伝えて来るから。待ってて」
「はあ? まだここにいろって?」
無視。
これこそグロリアである。彼女は竜人の威圧感に微塵も怯える様子を見せず、さっさとロビーを出て行ってしまった。
何となく彼を放置して帰宅する気にもなれず、ジークは世間話を振ってみた。ここ数十分で理解したが、変な話題さえ振らなければ存外、話題に応じてくれるのだ。
「あー、受付の仕方を教えようか?」
「要らん。受付に話しかけて部屋貸せって言うだけだろ……」
「そうだけど、その手続きは本来あの受付じゃないな。裏に内部専用の受付があるから、そっちで申請を出す」
「へえ……」
やや不機嫌そうだ。面倒臭いな、とでも思っているのだろうか?
「そういえば、Dランク試験を受けるらしいがそれはどうなった?」
「あん? 舐めてんのか、楽勝だろ。というか、Sくらいから飛び級で受けられねぇのかよ」
「考えた事はあまり無かったけれど、そういえば飛び級システムは……ないな」
「はん。人間共が考えそうな集金システムってわけか。規定回数受けなきゃ、まともなクエストも受けられねぇとか変わってんな」
「俺はよく知らないが、変わった業務形態なのは恐らく《相談所》の方だと思う」
「変かどうかは関係ねえよ。どっちが面倒くさくないかが重要だ。そうだろ?」
一理あるが、ランク制度を無視すると《相談所》のような無秩序状態に陥る事を考えるに――今のままが良いような気がしてならない。
こうしてグロリアが戻るまで世間話に花を咲かせてみた。
こちらに敵意が無いと、案外話してくれるようだ。グロリアというお友達もいるようだし、彼の中に他種族に関する何らかのボーダーがあるのは確かだ。