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02.お勉強会(2)

 ***


 夕方頃のロビーというのは、ギルド内の人口が入れ替わる時間帯だ。

 昼型のギルド員は帰宅し始め、夜型のギルド員がクエストへ出掛ける為にギルドへやってくる。ある意味、最もロビーに人が溢れている時間帯かもしれない。


 ――あれは……。

 ジークがそんないつもと変わらないロビーを歩いていると、明らかに浮いている人物を発見する。光を受けて輝く、ただでさえ希少な竜人の中でも更に希少な美しい角を持った男だ。尤も、本人は仏頂面で近づき難い空気を醸し出しており、美しさとは無縁であるのだが。

 しかしギルドの人間は好奇心旺盛だ。受付のプロである事務員達はベリルを意図的に見ないように気遣ってはいるものの、ギルド員はその限りではない。

 視線に晒される竜人は更に不機嫌になっていく、という悪循環だ。見られるのが嫌な気持ちはよく分かる。


 彼と唯一まともな会話が可能なグロリアの姿は見当たらない。ユーリアとクエストへ行くと言っていたから、本当にベリルを放置して出掛けてしまったようだ。

 ――声……掛けてみるか。

 万が一、ベリルが暴れ始めたとして。現在、彼はイェルドの管轄下に置かれており責任を取らなければならなくなるのは我等のリーダーである。これ以上、心労を増やしたくない。


「――何だよ」


 座っている椅子に近づき、話しかけようとした所で敵意剥き出しのその人から逆に声を掛けられてしまった。少し驚くものの、肩を竦めたジークは問いに返答した。


「いや、グロリアがいないみたいだから、声を掛けてみた」

「そもそも誰だよお前」


 ――忘れられているな……。

 悲しいかな、一度だけベリルには名を名乗った。覚えておけとまではいかないが、初対面ですみたいな顔をされるのはどうかと思う。


「ジークだ。イェルドさんの所のパーティメンバーだよ」

「ああ? ……いや、どこかで見たような」

「見たんだよ……」


 流石にイェルドの名前は覚えているようで安心する。

 これで面倒を見て貰っているエルフの名前まで忘れていたら、真剣に病院を勧めるところだ。


「それで、グロリアは? ここで待ち合わせをしているのか?」

「アイツならクエストとか行って出掛けていった」

「部屋にいたらよかったのに」

「次の使用者が待ってるとか言って、追い出されたんだよ」


 憎々し気にそう言ったベリルはロビーのテーブルに今まで使っていたであろう、教材の類を几帳面に並べていた。物を粗雑に扱うタイプではないらしい。そして、行く当てもないから一先ずここでグロリアの帰りを待っていたのか。

 そのグロリアだが――彼女は戦闘の手際こそ良いが、実は片付け作業等は他のメンバーと変わらない手際だ。クエストを早く終えられても、そこで時間を取られているかもしれない。


 いずれにせよ、グロリアが何時頃にギルドへ戻るのかなどジークにも分からなかった。仕方が無いので会話を広げてみる。


「そういえば、フードを被っていなかったか?」

「穴開けたんだよ。……角で」

「あ、ああー。俺はヴォルフだから角なんてないし、そういう事もあるのか」


 ふん、とベリルはその言葉を鼻で笑った。


「頭についてるのが、何の価値も無さそうなただの耳でよかったな。親に感謝しろよ?」

「うーん。それもそうか……?」

「真面目か? 皮肉に決まってんだろ」


 とうとう呆れたような顔をしているベリルは、ほんの少しだけ肩の力を抜いたようだ。警戒するに値しないと思われたのかもしれない。


 失礼にならない程度に、グロリアのかつての仲間とやらを観察する。

 第一印象は生物的恐怖を覚える、格の違う相手だった。

 イェルドが横にいて紹介しただけだったけれど、それでも伝わってくる、心底他人が嫌いだという隠しもしない態度は最悪だ。こちらから手を出せば何をして返してくるか分からないという不穏な恐怖をも内包している。

 ――こんな感じなのに、どうやってグロリアと知り合ったんだ……。

 《ネルヴァ相談所》にいた頃はもっと尖っていたようだし、彼女がこの竜人に離し掛けようものならば八つ裂きにされかねないのではないだろうか。そうでなかったとしても、会話などまるで無さそうだ。


「完全に個人的な興味になんだが……どうやってグロリアと知り合ったんだ?」

「《相談所》の仲間だって聞かされなかったのかよ」

「いや、そうじゃなくて。今の関係性に落ち着いた背景? みたいなものに興味があるというか」


 ベリルが過去に思いを馳せるような、そんな顔をする。あまり嫌そうではないので、彼にとってはいい思い出なのだろう。が、そう簡単に人の過去だのをべらべらと喋るような男ではなかった。


「個人的な話を他人に聞くな。グロリアに聞いてみろよ。話するのヘタクソだけどな、あいつ」

「そうか。いや、分かった」


 グロリアに過去の話を詳しく聞くのは難しいだろう。話してくれるかもしれないが、如何せんベリルの言う通り要領を得ないというか、説明が圧倒的に足りない。


「それなら、グロリアについてどう思っているのか聞きたい」

「俺が? そんな事を知ってどうなるんだよ……。変わってるな」

「イェルドさんのパーティでは優秀なギルド員だけれど、《相談所》の仲間からもそう思われているのか気にかかる。恐らく、最年少だったんじゃないのか? 《相談所》では」


 その言葉に、彼はやや気を良くしたらしい。それと同時に小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「あのイェルドとかいうエルフはともかく、他は駄目だな。素人じゃねぇが、唯一でもない。グロリアは口煩くもないし、不言実行のヒューマンだな。ピーピー泣き言も言わねぇし、根性もある。あれの代替品は存在しない、唯一の存在だ」

「唯一。そういう言い方もあるんだな」


 お前、とベリルが面白おかしそうに目を眇める。珍しい表情に驚いている間に、次の言葉が鼓膜を打った。


「俺や他の連中と違ってグロリアはヒューマンである訳だが……。まさか、手が届くとでも思ってんのか? ただのヒューマンがそこに至るまでに掛かる時間は最短で10年だった。それでお前達はこの10年、ずっと何をしていたのかもう一度考えろよ」


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