17.相性というものがある(2)
「物理アタッカーが到着するまで、交代で《防壁》を張り続けるしかないわね」
楓が出した結論はそれだった。ユーリアはそんな様子の彼女に言葉を掛ける。
「アナタは前衛で戦えないのかしら?」
「紅葉さんのパーティには前衛が少ないのよ。巻き込まれるし、あたし達のリーダーが欲しているのは気の利くサポーターだもの。前衛も出来ない事は無いけれど……こうも暴れられちゃあね。相手が人間なら挑んでもいいけれど」
気分は檻の中から危険生物を観察しているようなものだ。砕き割られた《防壁》を今度は楓が張り直す。
とはいえ、極限状態は長くは続かなかった。
不意にエーミュウが脚を止め、明後日の方向を見やる。刹那、そのエーミュウに飛来物が直撃した。
鈍く輝く氷の矢だ。それは寸分の狂いもなく暴れる変異種の羽を貫き、急所を射貫いてある。当然、エーミュウはその場に崩れ落ちた。あまりにもあっさりとした幕引きに拍子抜けし、小さく溜息を漏らす。
一連の出来事を《防壁》内部から見ていた楓もまた、納得したかのように溜息を漏らした。
「へえ、成程。この矢は氷で生成された物理的な矢という事ね……。何でもいいけれど、誤解を生むから報告書は書き直してほしいわ……」
――魔弓による物理の矢。こんな芸当が出来るのは……。
ユーリアはグロリアの持ち場であった方へ首を動かし、そして件の人物と――全然知らない+αの人物を発見する。
「グロリアにキリュウ……え? それと、どちら様かしら……?」
体格のいい、角のある人物。ローブで身体を覆っており、顔が見えない。グロリアの隣に我が物顔で並び立っているようだ。
どういう事なのか、と思わずキリュウに視線を送りつつも救援の礼を述べる。
「みんな、助けに来てくれてありがとう。えーっと……」
自然な流れで不審人物について尋ねようとしたが、不審者とグロリア、その一歩後ろに陣取っていたキリュウその人が激しく首を横に振っているのを見て一度追及を止める。
楓はその様を見て、すぐに関わらないのが賢明だと判断したのだろう。早口に持ち場へ戻る事を告げて去って行った。
「あたしは元の順路に戻るわ。また何かあったら呼んでね」
残されたイェルドのパーティメンバー一部と不審男性の間に微妙な空気が漂う。ややあって口を開いたのはキリュウだった。
「あーっと、グロリア。俺は元々の持ち場に戻るよ。そっちはえー、ちゃんとゴールまで戻って来られるって事でいいかい?」
「分かりました」
「絶対にゴールまでちゃんと戻って来てくれよ。頼むぜ本当」
「やかましいぞ、何度も同じ言葉を繰り返すな」
ぴしゃりと不審男性にそう言われたキリュウは肩を竦めた。男は苛々としており、酷く攻撃的なように見えるが、それとグロリアを二人にしてしまうのではないだろうか。見た所、操者の類でもなさそうだ。縛り上げられておらず、自分の足で立っているところを見るに。
「ぐ、グロリア? 大丈夫? キリュウは戻しても」
「はい。問題ありません。……行こう」
あっさりそう言ったグロリアはあっさり不審者を伴って持ち場へと戻って行ってしまった。
「……あ」
その背中を見送っていると、不意に件の男が目深に被っていたフードを取り除く。日の光に晒されたその角を見て、思わず声を漏らした。
根本は真っ黒なその角は、先端へ行くにつれて透き通り宝石のような煌めきを放っている。これらはただでさえ珍しい竜人の中でも、更に希少な特徴。晶角と呼ばれる美しい角だ。
真っ先に思い出すのは。
《ネルヴァ相談所》の自動喧嘩マシーンと名高い、ベリルである。
「ユーリア」
肩を叩いたキリュウが困ったような顔で首を横に振ったのを見て、お騒がせ組織の元メンバーその人なのだと確信した。
「え? どういう事?」
「いやなんか、グロリアの知り合いらしくて。どういう関係なのかはあの空気で聞けなかったわ。グロリアちゃんはともかく、ベリルの当たりが強くて……」
「変異種に遭うよりも厄介じゃない。よくも無事だったわね、アナタ」
「うーん、木から落下させられたし無事じゃないんだよなあ。グロリアとの関係者じゃなければ、俺は今頃あの世にいたかも分からんね」
「はー、やるわねグロリア。自然公園に来たついでに、知り合いも捜そうとしてたってワケ。今日の話を聞いて、まさかあんなのが出て来るとは思わなかったけれど」
たださ、とキリュウが声のトーンを落とした。
「ずっとグロリアの事を観察してたけど、なんか特注らしい魔法を使った後、すぐに変異種に襲われたんだよなぁ。偶然とは思えないし、使用者本人が変異種に襲われてたからそういう事は疑ってないが……。あの魔法式に反応して、変異種が突っ込んできたんじゃないだろうな……」
「グロリアはなんて?」
「なにも。だいたい、話題を振る度にベリル殿に嫌そうな顔をされちゃって、恐くて話も出来ないね。グロリアから聞きたい情報を聴取するのには時間が掛かるし、持ち帰りだろうな」
ユーリアは肩を竦めて、順路へと足を向けた。
「アタシ達で考えていたって仕方がないわね。取り合えず、このクエストを終わらせましょうか」
「そうだな。はあ、もう俺は疲れたよ……」