15.知り合いとしか話せない(2)
「――つまり……こいつが言っている事は事実なんだな?」
苛立った様子のベリルが、後輩・グロリアにそう尋ねる。ここで事の説明をしたキリュウを素通りし、身内にのみ話しかけるあたりが拗らせているなとそう思ったりした。
「うん」
短く応じた後輩に、キリュウはほっと胸をなでおろす。これで冤罪によるリンチはどうにか免れた。
しかし、そんな先輩の様子など気にした風もなく、グロリアが本当に軽い挙動で更なる爆弾を放り込む。
「ベリルは何の目的でここにいるの?」
――それは今聞かない方がいいんじゃないかな、グロリアちゃん!! 乱闘騒ぎになったら俺、多分巻き込まれて死ぬ。
危険を察知し、逃げの姿勢を取りたいが逃げればまたベリルに追いかけられかねない。涙を呑んで逃げ出すのを我慢する。Aランクとはいえど、本業は隠密行動だ。露出した状態ではパフォーマンスが発揮できないのである。
だが、やはり身内とは会話可能なのかベリルは意外にも穏やかなトーンで以て答えた。いつもそれくらい普通に話せば喧嘩に発展しないのではないだろうか?
「《ネルヴァ相談所》の騙りについて調べてた。誰かが再興したのかと思ったが、違うみたいだな。お前もどうせ何も知らないんだろ」
「《相談所》に雇われたとかいう連中なら倒した」
「あ、そう。何か分かった事はねえのか?」
「ない」
「……お、おう。そうか」
キリュウは会話に聞き耳を立てながら、痛む胃を抑える。
フランクなやり取りが繰り広げられているが、いつグロリアがベリルの逆鱗に触れるか分からず、気が休まる瞬間がない。彼女も彼女で相変わらず無なので、《ネルヴァ相談所》元メンバーと会話が出来てどういう感情なのかまるで不明である。
「で? 俺の事はいいから、お前はここで何をやってんだ」
「クエストで害虫駆除をしていたの」
「へえ」
「あと、キリュウさんが竜人に襲われたと言っていたから。ベリルがいるかと思って、ついでに捜してた」
「お前……! だからあんな古い魔法を使ってまで俺を呼んだわけか」
――身内だろうなとは思ってたけど、案外仲がいいな……。
感激したような声を上げるベリルを前に、ようやくキリュウは一息つく事に成功した。恐らく彼等が取っ組み合いの喧嘩を始める可能性はかなり低い。
「クエストを勝手に放り出したらマズイから、ゴールまで進まないと」
「お、ちゃんとクエストの事を覚えてて偉い」
「ああ?」
肩の荷が下りた勢いでグロリアをそう褒め称えたが、何故かベリルに睨まれてしまった。もう何が地雷なのか分からない。
――俺、これからどうしようかな……。全部丸投げして、イェルドさんに報告してもいいかな。空気に耐えられないわ。
どうにかしてこの不思議空間から辞退したいが、生憎とクエスト中だ。いっそ一人でお散歩を楽しんでいるであろうユーリアと合流しようかとも考えたが、グロリアをベリルと二人きりにするのも問題である。
というかそもそも、ベリルの扱いはどうなるのだろうか。拾って帰るとして、そのあとは?
イェルドは恐らくグロリアを酷く叱る事は無いだろう。クエストの途中で一般人を拾って帰還した、と言われればそれまでである。既に《ネルヴァ相談所》は解体され、存在しないのでベリルを目の敵にする訳にもいかない。
問題はこのベリルをこの後、どうするのかだ。
そのまま放流するのだろうか? この方法が最も穏便ではあるが、まさかグロリアを頼りに《レヴェリー》に所属するなどと言い出せば話が変わってくる。
「――煙弾が上がっている」
グロリアの温度の無い声で我に返る。空をぐるりと見回せば、丁度隣のグループ――つまりユーリアが散策している方角に救援を示す煙が上がっていた。
――あー、俺が抜けた皺寄せがユーリアに……。
次から次に発生するトラブルに思う所がない訳ではないが、救援が先だ。彼女等から離れる口実が出来て有難いともいえる。
「グロリア。俺はユーリアを見に行くから、まあ後はよろしく」
「私も行きます」
「え」
ベリルを放置してくるつもりか? そう思ったが、グロリアはあろう事か傍観を決め込んでいた竜人の腕を引っ張った。
不敬と怒られかねない動作であったが、急に矛先を向けられたベリルは驚いたように目を見開き、彼女を二度見した。そういう流れになるとは微塵も思っていなかったのだろう。
動揺する竜人を他所に、全くの無表情であるグロリアは意に介した様子もなく煙弾の方向へと歩み始めた。
――えええ……。まだ一時、この空気でのクエストが続くわけね……。
キリュウは胃痛が悪化して悲痛な溜息を洩らした。