14.知り合いとしか話せない(1)
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そんなやり取りを、キリュウは少し離れた木の上から観察していた。
――どうするかな、これは……。引き上げて、イェルドさんに報告するべきだが……。
そもそもここにいるのはイェルドの指示だ。グロリアが何をしたいのか見極める為に、こっそり尾行していた。思わぬトラブルで出て来る羽目になったのは誤算だが、変異種も思っていたよりずっと手強かったので仕方がない。
というかそもそも、変異種の掃除がクエストの肝なのだ。変異種がいたというトラブルに関しては想定内だった。
問題はそう――あの竜人。自分の耳が可笑しくなっていなければ、ベリルと呼ばれていた。
彼の事は一方的に周知されている。
竜人であり、名前がベリル。《ネルヴァ相談所》のメンバーであり、攻撃的な事で有名。一時期はその凶暴性から指名手配犯よろしく、出会っても目を合わせるなとまでギルドで囁かれていた。
グロリアとどういう知り合いなのかは知らないが、まさか彼女も元《相談所》メンバーだろうか。変わり種が多い件の組織は、顔を隠している者がいたのも確認されている。
「しかしまあ、こんだけ離れてりゃ――」
大丈夫だろ、と続くはずだった盛大な独り言はしかし、グロリアと話をしていた件の竜人がぐるりと身体を反転させ、何故かキリュウと目が合った事で途切れた。
彼に何かした記憶は無いが、憎しみすら籠っていそうな双眸に一瞬だけ息が止まる。謂れのない敵意と殺意だ。原因よりも先に本能が逃げろと結論付ける。
ただし、この一瞬はキリュウの明暗を分けた。
目にも留まらぬ速度で飛来したそれ――恐らくは辺りに落ちていたただの石ころ――を回避したせいで絶妙にとっていたバランスが大きく崩れる。木の枝に留まる事が出来ず、転落した。
しかしそこは隠密で名を売るギルドのメンバー。空中でくるりと軽やかに身を捩り、何とか足から着地。落下死という末代まで笑われかねない死因をも回避した。
「ああクソ、急に何なんだ――」
「テメェが不審な動きでトンズラするから追いかけて来たんだろうか」
頭上から降ってきた声にぎょっとして顔を上げる。嫌がらせで物を投げて来たのかと思ったが、この間に獣の狩りよろしく急接近する為だったようだ。
――ヤバいヤバいヤバい。そうだった、《相談所》ってのはイカレたヤツしかいないんだった……!!
久々に会話の通じ無さそうな強者と邂逅したせいで、感覚を忘れていた。《ネルヴァ相談所》構成員・ベリルは何も変わってなどいない。喧嘩っ早さも、常に殺意に満ちた態度も何もかもだ。
そうっと身体を起こし、周囲を見回す。
――こいつ、目の前に来られたら本当にデカいな……。いかん、こんなの対面で戦ったら駄目だわ。グロリアちゃん、どこ行ったんだ……。
最早、グロリアにこの男を説き伏せてもらうしか方法が無い。相手はこちらに危害を加えてくる気満々だ。そもそも、グロリアに粘着していたストーカーだと思われている可能性も捨てきれず、このままでは本当に命を落とす私刑になりかねない。
「――ベリル。急に走り出してどうしたの?」
睨み合っている間にのんびりと歩いてきたグロリアが合流した。
彼女も彼女で何を考えているかまるで分からないし、表情も無いので今どういう気持ちなのかも分からない。驚く程何もかもが分からない。
そんな彼女の様子に溜息を吐くベリルをハラハラと見守る。後輩が襲われそうになった場合、どうするべきなのかをぐったりと考えた。
「何って、ネズミみたいに走って行くから何なのかと思って捕まえたんだろうが。というか、誰だよこいつ。お前の知り合いか?」
「キリュウさんは、パーティの先輩」
「先輩? ハッ、このちょろちょろ走り回るネズミが?」
「ネズミだと何か悪いの? 所属先に早くいた方が、先輩になると思う」
「おう。恐らくだが、俺とお前の話は嚙み合ってねえ。……ま、いつもの事か……」
あまり理解していなさそうだったが、ベリルの追及が終わる。ただし、彼からの警戒を解かれた訳ではないようだ。
「それで? グロリアに話を聞いてたら日が暮れるからな、お前はどうして俺達をコソコソ見てたんだよ」
「あー……。ここで俺に振る? うーん、グロリア。俺、イェルドさんに言われてお前さんの事を見てたんだよね。今日、一人だっただろ?」
ベリルへの弁解を早々に諦めたキリュウは、横で突っ立っているグロリアに説明する事にした。何せ嘘は吐いていない。イェルドはいつもとは違うグロリアの行動を心配して、様子を見ておくようにと言っただけだ。
しかし、微動だにしないグロリアの内心は推し量れない。無、という表現がこれ程正しい人間を見た事が無かった。
グロリアの事だから反応しないだけで聞いてはいるのだろうと当たりを付け、話を続ける。
「ほら、えーっと、イェルドさんに隠れてやっている『何か』を俺は説明しておくように言ったはずだけど……。言わなかっただろ?」
「終わってから報告をすれば、一度の報告で済むので」
「そうなんだけど……! いや、そういう訳でこっそり俺が見てたって訳!」
「……すみません。報告するのが苦手で」
――苦手って意識あったんだ!
あまり人と話すのが得意な子ではないと思っていたが、シンプルに苦手だったようで驚きだ。彼女に出来ない事は無いのだと思っていた。