10.友達の友達
ジネットと連れ立って、深い森の中を進む。深層へ近づくにつれて、人の手が加えられていないのか密度も高く生い茂る木々の枝葉で薄暗くなっていくようだ。
また、湿度も非常に高い。日光が遮られているせいか、地面も少し水気が多いように感じる。
しかし森の中にいれば当然の出来事である。
そんなものよりジークの気を引くのは、偶然にも組む事になったジネットだ。彼女は《レヴェリー》でもなかなかの知名度を誇る。
というのも『あの』3人しか生き残らなかった66期の一人にして、グロリアの友人。無口な彼女を恐れないのは66期の生き残りだけだ。
「――私に何か聞きたい事がある?」
全てを見透かしたかのような、いまいち感情が読み取れない声音で彼女がそう訊ねた。一瞬だけ返事に迷うと追撃のように言葉を重ねてくる。
「グロリアの事を聞きたいんでしょ? 当然ね。元66期の仲間達からもよく相談されたし、グロリアは分かり辛い所があるわ。尤も、私だって彼女の全てを知っている訳ではないけれど」
その言葉を聞いたジークは観念して肩を竦めた。年季が違うというか、やはり色々とお見通しだったのだろう。また、ジネットはよく彼の天才について相談されていたそうだし、そういった連中と似たような情けない空気でも醸し出していたのだろう。
「ああ、そうだな。グロリアを見ていると、自分はこれでいいのか悩んでしまうんだ。ああでも、これはグロリアの話題とは直接関係が無いか」
「そういう人、66期にも大勢いたわ。私から出来るアドバイスはあの才能の化身と自分を比べない事、くらい。直視しては駄目。あなたが潰れてしまうし、あなたがそれでギルドからいなくなったとしても……彼女の気を惹く事は出来ないわ」
その言葉に僅かに目を見開く。
グロリアとの才能差に悩んでいるとはジネットに吐露したが、グロリアとの付き合い方についてはまだ口にしていない。
しかし、こちらを見てウインクしてみせた手厚い彼女は囁くように答え合わせをしてくれる。成程確かに、彼女とはまともな言葉を交わさずとも全ての意を汲んでくれるので話を進めやすい。無口を通り過ぎて会話さえままならないグロリアと相性抜群である。
「誰もがグロリアという才人に心の奥底で認められたがっているの。そしてそれは、同世代に多いわ。まだ揺るぎのない価値観を手に出来ていないからね、きっと。そういう愛憎は時に彼女への攻撃的な言動に。時に媚びへつらう服従的な言動に変わるけれど――それらの一切合切に関して、グロリアは興味を示さない」
客観的に見る事が出来れば、確かに彼女が人間関係なぞで一喜一憂する様はまるで想像できない。例えばジーク自身が明日ギルドを辞めると言っても、「さようなら」の一言程度しか掛けてはこないだろう。
言い含めるようにジネットは言葉を続ける。
「そもそも彼女、対象が強者であるか弱者であるかだなんて気にしていないし。私達がこういう関係に至るまでに1年掛かっているわ。焦らないで。グロリアとお近づきになりたいのなら、ギルドで如何に使える人材になるかよりもどのくらい彼女と人間的な付き合いをするかよ」
「そうか……いや待て。情が育まれているようには見えないんだが?」
「ちょっと分かり辛い所があるかな。まあでも、グロリアは親しい人間が困っていると認識出来ればちゃんと手を貸してくれるし……」
「何だか、ただ単純にコミュニケーション能力に問題があるだけの人のように聞こえて――いや、それは無いか。彼女は周囲に怯えている様子なんて全くないわけだし」
コミュニケーション能力に問題があるような人物が、あのように敵対者やら知らん人物に対して不遜な態度を取るとは思えない。誰であろうと最低限しか会話をせず、愛想すらない様は尊敬に値する。
「そういえば、グロリアは昔、別のギルドにいたのか?」
「さあ。そういえば、彼女の過去についてよく知らないわ。ロボもそうだと思う。ただ、あれだけ戦闘慣れしているとその考えは否定できないかもしれないね」
よく考えるとグロリアの事などほとんど何も知らない。最近知った事と言えば明らかに幼い頃から争いの絶えない環境に身を置いていたらしいくらいだ。
――そしてそれは、向こうも同じか。
「あまり、人の過去を詮索しない方がいいんじゃない? だって、ここはギルド。クライアントからのクエストを消化できれば、それでいいでしょ?」
「……それもそうだな」