07.たぶん考え方から違う
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明日のクエストに関する打ち合わせを終えた後。
ジークはロビー付近を特に行く当てもなく歩いていた。本来ならばこうやって目的もなくぷらぷらと歩き回るような性分ではないのだが、考え事をしている内にこんな所まで歩いてきていたのだ。
最近、自身の実力不足を痛感している。
どうしてもタンクというジョブを持つ以上、目立った働きはしないのだが本来のロールすらこなせていないような気がしてならない。
そもそもの話、このジョブとやらは本当に必要なのか? こんなものを設定したせいで、その通りにその通りに振舞おうとして窮屈になっている気がしてならない。このギルド業界で流通しているジョブという言葉はギルド協会が定めたものだ。立ち位置を明確にし、得手不得手を仲間同士で認識する事により死亡事故を減らす――そういう名目だったはず。
だが、現所属のパーティはどうだ?
オールラウンダーなる何でもありの人員が二人もいるではないか。イェルドにも、グロリアにも盾は必要ない。彼等は自分の身を自分で守れるし、何なら仲間も必要でない類の連中だ。
――レベルが見合わないパーティに入ってしまったんじゃないだろうか。
そう思わずにはいられない。ほぼ同期のグロリアを見てみれば分かる。あれこそまさに、Sランクパーティのメンバーに相応しいというものだ。
「……あ」
噂をすれば何とやら。目の前を相変わらずの無表情で横切っていくグロリアを発見する。足早という訳ではないが、やはり表情から何も読み取れないので急いでいないとは断言できないだろう。
一瞬だけ迷ったジークはしかし、彼女の背に声を掛けた。
「グロリア」
「……?」
足を止めた彼女は感情の色が伺えない双眸をこちらへ向けている。声を掛けたはいいが、何を話そうか。少しだけ迷った後、なるべく自然に話を切り出してみた。
「あー、グロリア。今急ぎじゃないか?」
「急いでない……」
「世間話でもどうだろうか」
「分かった」
一体何が分かったのかは分からないが、断られた訳ではないので前々から尋ねてみたかった疑問を引っ張り出す。
「今少し……自分のジョブについて考えていたんだが、グロリアはオールラウンダーだろう?」
「……ああ、うん」
一瞬間があったが、もしかしてあまりジョブによる立ち回りは考えていないのだろうか。
「その、どういう風に立ち回るようにしているんだ? 例えば俺は基本的に護衛対象にベタ付きだったり、強い攻撃を盾で受けられるよう位置取りをしているんだけど」
「あんまり何も考えてない。必要な枠に収まるだけ」
「必要な枠?」
「魔法職が少なければそれに。前衛が少ないならそっちに行くだけ」
「途中で急に魔法職から前衛になったりしないか? というか、長距離に場所替えしたりするだろ」
「……クエストが完了すれば、どこにいて何をしていても問題ないと思ってるから。ジョブは気にしてないかな」
ジークはその発言に衝撃を受けて暫し固まった。
当然と言えば当然の言葉ではあるのだが、こうも公然と協会の出した事故防止策を無視して立ち回っているのはいっそ清々しい。ギルド以外の荒事集団にでも属していたのだろうか。
「その、もしかして《レヴェリー》に所属する前は別の所属にいたのか?」
「うん」
――やっぱりそうだ。荒事に慣れているとは前々から思っていた。
回答拒否されないのを良い事に、更に踏み込んだ質問をしてみる。意外と彼女はこちらから話しかければ応じてくれるのである。
「こういうギルドみたいな組織に所属していたのか?」
「そう。……どこにいたのかは教えられない」
「あ、ああ。こういう業界にはどのくらい身を置いているんだ? 今後の参考に教えて欲しい」
「参考? あまり参考には……ならないと思うけれど、10年くらい……」
「うん? 待ってくれ、グロリア、歳は……」
「私は19歳」
明らかに闇が深そうな事情があるだろう回答にジークは閉口した。世間話からとんだ地雷を掘り当ててしまい、反応に困ったからだ。
「……。えーっとその、お前はイェルドさんのパーティから独立したいとかは思わないのか」
「思わない」
「まあ、流石に1年でパーティ独立するのはちょっとな」
――……会話が、会話が続かない……!
自分で呼び止めておいて何だが、既に心が折れかけている。グロリアもグロリアでこちらの話題を待っているのか、もう話す事が無いのなら開放してくれと思っているのか推し量れず、更に話題を提供した方が良いのか分からない。
仕方が無いので勇気を振り絞ったジークは首を横に振り、解散を切り出した。
「呼び止めて悪かったよ、俺も今後の立ち回りを考えてみる」
「そう」
「ああ、また明日」
一瞬だけ目を伏せてみせたグロリアは踵を返すとそのまま歩き去って行った。やはり彼女は何を考えているか分からない。長話しやがってこの野郎、などと思っていない事を祈る。
「いいな、オールラウンダー……」
それにしても、恐らくジョブという考えが彼女には――或いはイェルドにでもないようだった。
獣人がオールラウンダーを張る為には中距離を埋める魔法をそれなりに使えなければ成立しない。それ即ち、種族的に無理であるという事だ。獣人の魔力は全種族の中で最も少ない。それはもう少ないなどと言うレベルではなく、ほぼ無いと言っても過言ではないだろう。
この中距離を補える武器を開発する方が建設的という訳だ。飛び道具、ありかなしか。