13.相談所のウワサ(1)
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クエストの後処理が終了し、ギルドへと戻って来た。どちらかと言うと後片付けの方が付かれる今日この頃。
ただ、今回ばかりは後片付けがどうのと言っている場合ではなく、グロリアは心中でぐったりと溜息を吐いていた。
というのも闇ギルドの構成員であったあの女が漏らした依頼人、ギルド・《ネルヴァ》。ギルドの方は知らないが、ギルドではなかった《ネルヴァ相談所》の方はグロリアのとっての古巣。前の職場である。
10年前に所長であるネルヴァその人から拾われて以降、今の《レヴェリー》に加入するまでずっとそこで生活していた。切っても切れぬ縁なのである。
「それにしても、ギルド・《ネルヴァ》か……。ギルドが別ギルドに依頼する不自然さは一度置いておいて、やはり名前が良くないな」
グロリア、ジーク、イェルドと自パーティのみになったタイミングを見計らってか、リーダーがそう呟いて難しそうな表情を浮かべた。
「《ネルヴァ相談所》なら俺でも知っていますね。まあ、ギルド員になった時期と合わないので交戦した事はありませんが」
ジークの言い分は当然だ。何せ《ネルヴァ相談所》は2年前に解散した。その解散後、今のギルドである《レヴェリー》に加入したのである。グロリアの後に入ったジークは当然そうなる。
神妙そうに頷いたリーダーが何故かこちらを見て口を開く。
「勿論、グロリアも《ネルヴァ相談所》の名前くらいは知っていると思うが、一応説明しておこう。ちょっと特殊な立ち位置だったんだ、あの団体は」
「……」
――いや、すっごく存じ上げているから大丈夫……。
そう思ったが、思うだけでは伝わらないのがコミュニケーションだ。当然のごとくグロリアの感情になど気付くはずもないイェルドが話を続けた。
「基本的な話だが……相談所はギルド協会に所属していない。何せ、《相談所》であって、ギルドではないからな。活動は表向き何でも屋をやっていたようだが、要するにギルドと活動内容に大差はない。が、連中は報酬さえ払えれば割と何でもやる」
「なんでも?」
「ああ。今、闇ギルドが請け負っているようなクエストでも報酬が払えるのであれば、請け負う……だろう。ただし、実際は犯罪紛いのクエストを受注した記録は無いそうだが。その辺は表に出ていないだけかもしれないし、何とも言えないな」
――私の知る範囲内でも、殺人やらテロやら法律に引っ掛かるようなクエストは受けていなかったはず。
ただし暗殺に関する報酬の取り決めが存在していたのは事実だ。
曰く、暗殺対象の生涯収入の1.5倍の金額。
計算方法が難しいので最低報酬が決められている。一人暗殺するのに掛かる費用は大陸の平均生涯収入である2億ペイル――の1.5倍だ。これが最低報酬。極端な話、暗殺対象がまだ労働に従事していない子供や、身体的理由で働けない何者かであってもここが最低ライン。
つまり何が言いたいかと言うと、暗殺だけ割高なので《相談所》に金を支払って一般人を暗殺するくらいならば、自分でやるか他所の闇ギルドに依頼した方が安上がりとなる。
所長曰く、これだけの高額報酬を支払ってでも消したい人間であれば協力してやる、との事らしい。少なくとも在籍8年間で血迷った暗殺依頼を出した依頼人は存在しなかったが。
ただ――本当にその報酬を支払う依頼人が出てきたとして。恐らくネルヴァはその依頼を受けるだろうとは思うので、犯罪に手は染めていないだけの闇ギルド扱いでも何ら申し開きできないという訳なのである。
故にイェルドの評価は妥当なものとして、反論する気は起きなかった。そう言われても致し方ない所があるのは確かだ。
「もしかして、危険な組織なんですか? 何故か、よそのギルドと衝突が絶えなかっただとかいう話を聞くのですが」
ジークがやや困惑気味にそう尋ねた。これにはイェルドも苦笑し、首を縦に振る。
「ダブルブッキングした時だな。例えば同じ魔物の駆除依頼を、依頼人Aが《レヴェリー》に、そして依頼人Bが《相談所》に依頼してしまった時などに発生するあれだ」
「ああ。人通りが多い山道などに強力な魔物が出没した時など、そこそこの頻度でありますね」
「そうだ。そして、この場合の報酬は――魔物が討伐出来たギルドに支払われる。もしくは、途中で協力し、それぞれの依頼人に終了報告を出すのがギルド協会の取り決めだ。因みに前者だと依頼人ABの報酬が対処したギルドに支払われる」
「――……それ、3年前に廃止されたそうですね」
――よしよし! 偉いぞ私、自然な感じで会話に参加できた!
自らを鼓舞する。
ともかく、前者のAB両名の報酬総取りシステムは廃止された。ギルド員同士で争いが起こったからだ。今は後者の協力システムが採用され、手を取り合う事が推奨されている。それぞれ依頼人がいるのだから、それ以上の報酬を高望みするなという当然のお話だ。
「ああ、そうだ。……よくそれを知っていたな、グロリア。まだギルドに在籍していなかっただろう?」
「はあ……」
「まあ、いいか。それでダブルブッキングを……《相談所》とした時が本当に悲惨でな。連中は協会に所属していないからランクも何もないんだが、体感的に言うとそのほとんど全員がSランカーみたいな動きをして、ブッキングしたギルド員をぼこぼこに、なんて事も起こっていた。たぶん、衝突というのはその辺の出来事だろうな。俺も何度が行き会った事があるし」
そうだとしたら、数年前既にイェルドとは顔を合わせていたかもしれない。尤も、諸事情により顔を隠して活動していたのでグロリアだとは気づいていない可能性が高いけれど。
「ギルド員をぼこぼこ……!? 蛮族か何かなんですか、その集団」
「分からん。とにかく血の気が多い奴らがほとんどだし、一見すると大人しそうな見た目の構成員もダブルブッキングしたら魔物を放置してまずこっちに向かってくるしで、そういう教育でも受けてるのかもしれないな。いやー、本当に大変だった。報酬総取りする為に法務部? とか名乗る女性が乗り込んできたりして……改めて思い出すとその、言葉は悪いがイカレた連中だったよ……」
法務部の彼女は当然知り合いだが黙っておいた。話さない方が良い事は世の中に一杯あるというものだ。
「他所ギルドの事なのに、みんながやけに詳しいなとは思っていました。実害、あるんですね」
「そうさ、実害はかなりあった。だからこそ、3年以上ギルドにいるギルド員は《相談所》の事を知っているという訳だな」
「俺も一度、見てみたかったですね」
「あーあー、止めておいた方がいい。強さは何だかこう……グロリアに似てる感じがあるな。使える物は何でも使う精神というか、手慣れているというか」
流石はリーダー。大当たりである。何せ、《ネルヴァ相談所》のメンバーが有する戦闘スタイルを継ぎ接ぎして生まれたのがグロリア・シェフィールドだからだ。
ああそれと、とイェルドが思い出したように手を叩いた。
「俺もかなり《レヴェリー》での生活が長いからな。エルフだから寿命も長いし、《相談所》設立当初から戦ってきたから――構成員のほとんどは顔を見れば分かる。リストも昔作ったから、名前も探せばすぐに出て来るだろう。若干名、顔出しNGみたいなのもいたが……。そういう訳だから、もしこれから先《相談所》のメンバーが立ち塞がったとしても、本当にその人物が《相談所》構成員であったかどうかの判別は出来るぞ」
「つまり、騙られても分かるという事でしょうか?」
「ああ、分かる。というか、少し古株のギルド員なら誰でも分かるだろう。連中は自然災害みたいなものさ。会ったらまともに戦っちゃいけない。だから、会ったと理解して逃げないといけないって訳だよ」
――そ、そんな風に言われてたんだ、私達……。でも金にがめつい所あるし、討伐対象よりギルド員達にまず襲い掛かってたのも事実なんだよなあ……。申し訳ございませんでした。
それはそれとして確認しなければならない事がある。
「――イェルドさん」
「どうした、グロリア?」
穏やかな様子のリーダーが首を傾げている。その反応を見て、内心で小さく頷いた。
「……何でもありません」
「えっ? あ、そう……?」
顔出しNGと言われていたのは間違いなく自分だ。そして、顔が割れていないらしい事も再確認した。
《ネルヴァ相談所》は最早、職場兼自宅であったが新生活を始めるにあたり、顔バレしているのはマイナスらしい。ので、そうではないようで安心した。
「さて、新人達への注意喚起も終わった事だし、キリュウに報告に行くか。まだ医務室にいるかな……」
踵を返すイェルドの背を追う。そういえばすっかり負傷者の事を忘れていた。