11.急に驚くような話をしないでほしい(2)
残るは男一人。彼は見間違いようもなく純正のヒューマンなので、グロリアとの種族差で押し返す事は出来ないだろう。実質詰みと言った所か。
逃げ出す機会を伺う男に対し、グロリアはどこまでも冷徹だ。他に気を配る必要が無くなり、視線は彼へと固定されている。如何なる不審な動きも見逃しはしないだろう。
「――勉強にはなりそうか?」
「……!?」
と、背後から急に声を掛けられた為、ジークは無言ながらも飛び上がって驚いた。振り返ればそこには悪戯っぽい笑みを浮かべたリーダー・イェルドが立っている。
「すまない、驚かせてしまったな。それで、どうだ? グロリアは」
「あ、はい。問題なさそうです。このまま最後の一人も伸してしまうかと」
「そうだろうな。うーん、流石はグロリア。手慣れているな」
目を細めてグロリアを見つめるイェルドは酷く含みのある声音でそう言った。そうして、まるでジークの心の内でも読んだかのように言葉を付け加える。
「あれを目指すのは、今はまだ止めた方がいいぞ。ジーク」
「……そんなつもりは」
「そうだろう、お前は賢いから頭の片隅では分かっているはずだ。グロリアの隣に並んで戦うのは難しいぞ。あれは一人で何だって出来てしまうし、経験を積んでいる人間の動きだ」
「俺も、いつかはあんな風になれるんでしょうか?」
それはいつも心のどこかに存在している疑問。
自分が今まで通りにクエストをこなし、鍛錬を繰り返したとして――本当にああなれるのだろうか。
リーダーと目が合う。と、彼は小さく微笑んだ。
「正直、分からないな。グロリアのそれは鬼気迫るものを感じる……戦いざるを得ない境遇に幼少期から身を置いていた可能性が高いな。そうであれば、ルーツの問題になってくるから俺達が今のグロリアと同じように身体を鍛えた所で、その強さには追い付けないだろう」
「俺達って……。イェルドさんはそんな事はないでしょう」
「いいや? グロリア、今幾つだったかな? エルフは長命だから、あんまり年齢には頓着しないんだが……少なくとも俺が彼女と同じくらいの歳だった時。あんなに戦闘能力に長けた存在じゃなかった」
「……」
「俺は長生きしているだけだよ。時間に物を言わせて、ここまで上がって来ただけさ。堅実な道を進んだと言えば聞こえは良いが」
そうだったとして、ジークにイェルドと同じ手段は取れない。獣人の寿命はヒューマンより少し長い程度で時間を注いで時間の力でどうこうする訳にはいかないからだ。
悶々と考えているとイェルドが囁くように言葉を続ける。
「正直、俺としてはお前とグロリアは一緒に行動する事で得られる物が多いと踏んでいたが――一度、彼女から離れてみてはどうだろう? 彼女は確かに超人だが、その圧倒的な存在感にお前が圧し潰されるようであれば、それは問題だと思うぞ、うん」
「離れてみる……」
「ああ。思えば、少し人付き合いに問題があるグロリアの事をジークに任せきりだったような気もする」
そうだ、彼女は確かに戦闘に関しては周辺の同世代よりも頭一つ――否、最早規格外のような能力を持つが、対人においてはそうではない。言葉数は少なく、誤解されて恐れられる事もしばしばある。加えて本人が他人に興味をまるで持たない所も、付き合いの悪さに拍車をかけているのは事実だ。
ギルドは実力社会。愛想が悪かろうが人付き合いに興味を示さなかろうが、やる事をやっていれば一目置かれるし、周囲の人物が足りない部分を補完してくれる。
そう――ギルドにいる間は。
彼女はこの実力社会から一歩でも外に出て、一般社会に出た時はきっと苦労する。そういう所を見て、自分は自尊心を慰めていたのではないだろうか? だから面倒をたまに見ていないといけないと、そう思っていたのでは?
今まではそういう仄暗い自負があったから、グロリアの圧倒的な存在感に圧し潰されなかったのかもしれない。天才も変なミスをするのだと知っていれば、勝手に親近感が湧くのと同じだ。
今まで平気だった理由。それが腑に落ちたタイミングでイェルドが更に言葉を重ねる。
「ジーク。グロリアは眩しすぎる強い光だ。光は直接見つめ続けてはいけない。俺が嗾けておいて何だが、たまにはキリュウやユーリア、或いは他のギルド員とも絡んでみるといい。今まで悪かったな」
「……はい。お力になれず、すみません」
「いや! 66期の事があったのに、同年代のお前とグロリアをセット扱いした俺が悪いな。気にしないでくれ!」
そう言って急に明るく笑うリーダー。ああこの人もクエスト以外の所で苦労しているんだなと思うと、苦笑してしまった。
「さあ、そろそろ切り替えようか。グロリアも問題なく操者を3人共、捕まえてくれたようだし。捕縛くらいは手伝わないと、俺達は今回トドメ狩りくらいしか出番がなかったからな!」
見れば、グロリアはいつの間にか通常の盾を手に持っていた。状況からして、バックラーよろしくあの盾で最後の一人を殴打。そのまま昏倒させたのだろう。
蓋を開けてみれば全てを一人で解決した彼女は悠然とした佇まいでありながらも、無表情に操者の男を見つめていた。
仕事を終えた彼女に何と声をかけるべきか。逡巡していてふと気づく。
そういえば、そう、20人中17人が即辞めた噂の66期。裏を返せばそんな環境でありながら――グロリアを除く辞めなかった2人は生き残ったという事だ。
どんな精神構造をしているというのか。同期と言えば散々に比べられるのが《レヴェリー》での宿命。
存外と残った2人の方が、グロリア以上に難のある人物達なのかもしれない。
真似できるとは思えないが機会があれば、是非とも話を聞いてみたいものだ。