08.巨大な骸骨(4)
目論見通り、スケルトンロード・変異種は作成した魔法の全てをグロリアへと集中砲火した。余程、《防壁》を破られたのが堪えたらしい。
当然、魔物の視線と大慌てしている様子から的になる事は分かり切っていたので冷静に対処する。対処とは言っても、クレープ作戦で何も難しい事はない。
一枚張った《防壁》をそのままに、その内側に同じ《防壁》を複数枚作成する。大きな魔法石を持っていなくてもお手軽に使える手段で、しかも魔法の並行使用で誰でも応用できてしまう優れものだ。
案の定、《防壁》を複数枚割られたが、割れた傍から補充を繰り返せば本体であるグロリアは無事。傷一つ付けられる事無く生還を果たした。
『グロリア!? グロリア、無事か!?』
光やら闇やら、或いは風やらの魔法が文字通り嵐のように過ぎ去った後、静かになった所でようやくリーダーからの通信が耳に入った。泡食ったような声音に、特に何事もなかったグロリアは緊張した表情を浮かべる。
――尤も、本人以外には無表情に見えているのだろうが。
『はい、無事です』
『交戦中に聞く事じゃないが、よく耐えられたな』
ちら、と前を走るイェルドとジークの背を見やる。既にスケルトンロードの巨大な足にまで到達している様子だった。本当にそんな質問をしている場合ではないように見えるものの、問いに応じる。無視するなど言語道断だからだ。
『《防壁》複数枚を繰り返し張り続けました』
『成程。贅沢な魔力の使い方には目を見張るよ。だが、そろそろ魔力が底をつく頃だろう、下がっていて大丈夫だ』
『いえ……。私は問題ありません』
『前々から思っていたが、とてもヒューマンとは思えない魔力量だ。個体差、というやつか? 最早、エルフである俺達よりも魔力を持っている気がするが……』
人体の事を聞かれても、何とも答えようがないので沈黙する。
ただ、故郷の村では魔力量が多いヒューマンが沢山いたので地域柄、そういう場所で生まれただけなのかもしれないが。
しかし、今は本当にそれどころではない。
グロリアはジークが《防壁》を突破後、すぐに攻勢へ移れるよう身構えた。
――が。
「……割れない」
そう、一向に《防壁》を破壊できる様子がない。ジークが大盾で叩いてはいるものの、小さな亀裂が入る程度で破壊には至らないようだった。点ではなく、面の攻撃――如何に物理的な攻撃とは言え、それらに耐性があるのだろうか。
そしてジークにどうしようも出来ないものを、専ら魔法が得意なエルフであるイェルドがどうこうできるはずもなかった。《防壁》を張り巡らせたまま、どうすべきか決めあぐねているのが見て取れる。
――どうする? 私も《防壁》突破に手を貸す?
魔弓による物理的な矢は《防壁》を貫通した。が、如何せん一点での攻撃では破壊は出来ない。穴を空けられはしたが、風船とは違ってスケルトンロードによって即座に修復されてしまった。針を刺した程度ではダメージが足りないのだろう。
暫し対策を考えた後、一つだけ通用する可能性がある方法を思いついたグロリアは《通信》をイェルドへと飛ばした。
『イェルドさん。《防壁》の破壊を手伝います』
『策があるのか? 俺の魔法はほとんど通じていないし、防御で手一杯だが』
『通用するかは分かりませんが』
『分かった、そこまで言うなら任せてみよう』
――別にそこまでは言ってないんだけどな……。
自信もそんなにない。試しにやってみるか、くらいのテンションなのだが。
目的地にたどり着くまでに、変異種の魔法をまともに食らう訳にはいかない。盾を傘か何かのように頭上へ掲げたグロリアはイェルド達の元へと駆け出した。
「来たな、グロリア!」
「すまない、俺の力では……」
近づいたので《通信》からではなく、生の声が耳朶を打つ。
しかし気の利いた登場のセリフも持ち合わせていなかったグロリアは、軽く片手を上げて応じた。スケルトンロードを相手にするより、どんなリアクションが正解なのか分からない方がストレスである。
「こっちだ。俺の展開している《防壁》内に入っていいぞ」
招かれるまま、リーダーの魔法式にお邪魔させてもらう。
不安そうな面持ちのジークと目が合うも、やはり気の利いた言葉は思い付かず意味不明に見つめあうだけの時間を過ごしてしまった。
また魔法式を完成させたスケルトンロード・変異種が雨あられのように魔法を遮二無二撃ってくるが、そこはSランカー・イェルド。グロリアが使っていた方法と全く同じように、魔法を防ぎ続けている。
しかし当然このやり方は長くもたない。早急に事を終える必要があるだろう。
「――グロリア、あまり俺の魔力残量も多くない。お前は説明するのが苦手だったな、だからやり方は任せる。《防壁》を割ってくれさえすれば、それでいい」
「……了解」
――説明免除! 流石はリーダー、私の事を分かっていらっしゃる!
嫌な事が一つ減ったグロリアは有頂天だった。そんな中、ジークが右肩に手を置いてくる。
「あまり俺は役に立たないだろうが、最悪、壁としての役割は果たす。遠慮なく命令してくれ」
ヒューマンの腕力で《防壁》なぞ割れる訳もない。スケルトンロードを直接殴りに行く事はないが、普通に有難い言葉だったので深く頷きを返した。