07.巨大な骸骨(3)
スケルトンロード・変異種が異変を察知したのは、イェルド達との距離が目算15メートルを切ったあたりだった。
どうしても変異種同士で比べてしまうが、やはりスケルトンロードの動きは何というか獣的ではない。これが大狼であったならば、気付いた瞬間には不届きな人間に飛び掛かっていただろう。
ただその理性ある行動は知性の象徴でもある。スケルトンロードは近づいてくる人間を目視、一瞬の思考を挟み素早く魔法式を立ち上げた。
「来るぞ! ジーク、俺から離れるな」
「了解です」
素早く《倉庫》を起動するリーダー・イェルド。大き目のロッドを取り出したが、先端には大きな魔法石が装着されている。状況から見るに、《防壁》の大魔法式だろう。そのくらいなければ、防げないのかもしれない。
そして忘れてはならない。変異種の魔法は《ミラー》で反射できないのだ。誤って使用しないようにしなければ。怪我では済まない事だろう。
「――!」
不意にスケルトンロードと目が合う。視線をばっちり感じたので、こちらも存在に気付かれただろう。
イェルドを倣い、《倉庫》から盾を取り出す。これはこの間、闇ギルドの人員と戦った時に破壊された物とは別の盾だ。破壊されてしまっている訳なので、当然といえば当然なのだが。
この盾には内側に《防壁》の大魔法石が付いている。場所が狭いので1個だけだが、物理も魔法もこれ1つで防いでしまえという欲張りセットだ。いちいち《倉庫》を起動させるのが面倒なので、一人二役系のアイテムは多く所持している。
準備に気を取られている間にも状況は目まぐるしく変化する。
スケルトンロードは起動している魔法式を4つに増やしていた。これは凄まじい数である。恐らく同時起動ではなく、単発の魔法を順番に起動しているだけだが――このサイズだと、魔法を掛け合わせる必要なぞないだろう。それに人間は魔法耐性が低い。どの属性を撃ってもかなりのダメージになる。
ジジッ、と《通信》が入る。イェルドからだ。
『グロリア。スケルトンロードに見られて――って、ああ。対応しているみたいだな。すまん、何でもない』
『はい』
リーダーからの親切な連絡だった。こういう細やかな気遣いが人徳の秘訣なのだろう。見習いたい。
やがて、先にスケルトンロード側の準備が整う。
見れば衝撃に備えてか、イェルドとジークは足を止め《防壁》と大盾で身を守る姿勢を取っている。
――完成している魔法式は……人間式に換算すると、《闇撃Ⅳ》くらいかな。式が大きくて読みやすい。
恐るべきはリアルタイムで魔法式を作っている所か。人間はあらかじめ、完成した魔法式を魔法石という形で持ち歩くが恐ろしいまでの頭脳だ。あんなゴチャゴチャとしていてうねうねとした文字、いちいち覚えてなどいられない。
ともあれ、起動完了した魔法が解き放たれる。それはグロリアの予想通り、音をも吸い込む黒い穴となってイェルド達の《防壁》を襲った。が、これは純粋に威力不足。《防壁》にヒビこそ入れたものの破壊には至らなかった。
などと他人事のように観察していたが、またも視線を感じて変異種を見やる。目が合った。ああ、次はこっちかと《防壁》を起動する。
魔法を扱う才能は他の魔物より抜きん出ているが、如何せん戦闘そのものはあまり上手くないようだ。視線やら殺気やらで狙いが見え見えである。
次に完成する魔法式は《光撃Ⅳ》相当であるようだ。《防壁》で受け、かつ眩しい光から眼球を保護しなければならない。盾を頭の前に持っていき、光を遮る。
次の瞬間、変異種の《光撃Ⅳ》が炸裂。眩い光と共に、《防壁》がミシミシと聞いた事もないような音を立てた。威力を脳内で修正する。Ⅳ台よりも強く、Ⅴ台よりも弱い。中間程度の威力らしい。
『グロリア。そっちは大丈夫だったか?』
『はい。私は無事です』
リーダーの安否確認にそう応じ、魔弓を取り出す。盾は邪魔だったものの、またこちらに魔法を撃って来ないとも限らないので持ったままだ。どのみち、魔弓なぞ狙いを正確にする時以外に手を使う事はない。
スケルトンロードが抱えている魔法式は残り2つ。新しく2つ紡ぎ始めているのが見えるが、まだ何の魔法式になるのかまでは分からない。
ともあれ変異種はあまり前に進む気のないグロリアを一旦放置し、自身に近づく人間――イェルドとジークを先に処理しようと考えているようだ。
ジークに変異種の《防壁》を割って貰わなければ話が進まない。そんな指示は受けていないが、魔弓で変異種の気を引き、どうにか次の攻撃先をこちらへと変えさせる必要がある。
《防壁》を起動、固定。並行して《矢作成》、《風撃Ⅰ》と《水撃Ⅰ》を組み合わせ、例の物理矢を作成する。作成した矢を固定、並行して《風撃Ⅰ》を起動し、矢の射出速度を上げる準備を整える。
そうだ、リーダーに一応伝えておかないと。
『イェルドさん。変異種の気を引くので、その間に進んでください』
『え? いや、奴はまだ未使用の魔法式を4つ持って――』
あんまり人の話を聞かない所が、コミュ障のコミュ障たる所以である。
相手の返事など最初から聞くつもりが無かったグロリアは報告の瞬間には、既に拵えた矢を放っていた。
《風撃Ⅰ》で後押ししたが故に起きる爆音と、明らかにおかしな速度で飛来する氷の矢。
それは木々に遮られる事なく突き進み、変異種の《防壁》を――貫通した。
「え」
思ったより《防壁》が柔らかい? 否、そこが通常種より弱体化するなどあり得ない。それは変異種ではなく、別の何かだ。
矢は《防壁》を貫き、中程のところで止まっている。変異種には傷一つ付けていないが《防壁》に一点だけ穴を空ける事には成功したわけだ。
そしてそれは、気を引くという当初の目的も成功した事を意味する。
当然、変異種は《防壁》に傷をつけてみせた射手に注目する。危険な存在と認識された瞬間だ。