14.言葉選びが下手クソ(3)
地面に倒れ伏す敵対者2人――エルフと獣人だったようだ――を、見下ろす柊木という光景を眺め、グロリアは内心で頷いていた。
流石は戦闘狂と名高い戦闘種族の鬼人だ。彼等は見た目通りに好戦的な者もいれば、あまり好戦的には見えないのに戦闘が始まるとスイッチでも切り替えたかのように凶暴になる者もいる。共通点は、どちらも究極的には闘争本能が高く戦うという行為に好意的だという所だ。
そしてそれは、当然ながら柊木にも当て嵌まるらしい。こちらが余所に気を取られている間に、きっちり敵を討取っている。敵に回せば面倒な事この上ないが、味方だと迅速な行動で本当に助かるものだ。
――助っ人のお礼! お礼を言わないと・・・・・・!!
先程はポロッと漏れ出た失言で、敵とは言え他人に不快感を与えてしまった。ここで礼も言えないような人間性だと思われたくないし、流石のコミュ障でも手助けの礼くらい言える事を証明しなければ。
何とか己を奮い立たせ――他者から見ると無表情にしか見えないらしい顔に力を入れて、ようやくグロリアはその喉から言葉を発した。
「ありがとう、助かった」
――うーん、素っ気ない20点!!
内心ではテンションも高く自分の言動に点数を付ける。と、女性恐怖症と名高い柊木と目が合った。否、グロリア自身は柊木の方を向いてはいるので、件の彼が珍しく視線を寄越したという方が正しい。
それを見て、グロリアは極々僅かにハッと目を見開いた。そう、細かな違いはあるが自分達はコミュニケーション能力に問題がある者同士。恐らくだが、彼は彼で掛ける言葉を今必死に探しているのではないだろうか。先程のグロリアと同様に。
――分かる、分かるよ柊木くん! 私達、きっと同じ悩みを抱えてる・・・・・・!! 大丈夫、分かってるから何時間でも待つからね!
勝手に仲間扱いしていると、ようやっと柊木がその口を開いた。
「――グロリア殿」
「・・・・・・?」
その一言目から、実際は嫌な予感がしていた。だって、女性と話す時はどもっていて体調不良を疑うレベルで挙動不審だった彼は、どうしてだか今は非常に落ち着いているように見える。
そしてその嫌な予感は当然の如く的中する事となった。
「拙者、貴殿の立ち回りにお見逸れした。強者である事を知らず、無礼な振る舞いをして申し訳ない」
「は?」
――ちょっと、急な裏切り!? 私達、コミュ障仲間だったのに、何先に卒業してるの!?
驚いた時に出た音を、怒っていると勘違いされたようだ。眉根を寄せた柊木が軽く会釈し、首を横に振る。
「数々の無礼な振る舞いを忘れてくれとは言わぬ。ただ、貴殿の強さには感服したと伝えたかった。さぞや厳しい修行を積んだのであろう。もしよければ、いつか手合わせ願いたいものだ」
軽率に手合わせと言って挑みかかってくるのは、最早鬼人の習性だ。師の一人にも鬼人がいたが、奴は奴でなかなかに狂った人物で「自分で自分より強い弟子を育てて、いつか俺を討伐させるんだ!」と無邪気な顔で言っていたのを思い出す。
そんな事があったので、今でも若干、鬼人の相手は苦手だ。考え方がヒューマンのそれとは違い過ぎる。
――が、それはそれとして、急に通常のコミュニケーションを取り出すのは意味が分からない。もしかして、女性だと認識されなくなったのか?
「ではグロリア殿、魔物に言葉を話す知能は無いが、この仕留めた連中とは会話が出来る。何をしていたのか聞こうではないか」
「・・・・・・分かった」
《倉庫》からロープを取り出す。今は意識を失っているが、起き上がった時に簡単に逃げ出せるようにしておく訳にはいかない。
柊木に散らばっていた敵4人を集めて貰い、グロリアは慣れた手際で4人組を縛り上げた。
その衝撃なのか、4人の内、エルフの青年が最初に目を覚ました。彼の事はまだ覚えている。《レヴェリー》の上位Aランクパーティについて一定の知識を有しているであろう発言をしていたはずだ。
呻いている青年の方を軽く叩く。ようやっと、その目が開いた。
「うう・・・・・・」
周囲を見回し、自分がどういう状況なのか思い至ったようだ。途端に顔色を青くする。が、容赦無く柊木が訊ねた。
「お前達の目的は何だ? 変異種と無関係だとは思えぬ」
「魔法石は取り上げてある。無駄な抵抗は止めて」
魔法石は身に付けているだけで、魔法を発動されてしまう危険性があったので全て外して収納済みだ。後でギルドに提出するつもりである。
ぐったりと溜息を吐いたエルフは観念したのか、小さな声で話始めた。
「あー・・・・・・僕達は見ての通り、闇ギルド所属なんだ。だからつまり、僕達が現状をどうこうした訳じゃなくて・・・・・・その、まあ、依頼だった訳なんだけれど」
「依頼? どのような?」
「大狼・変異種を操作して、戦闘データを取る依頼かな・・・・・・。暴れさせろ、としか聞いてないけどねクライアントからは」
魔物を操る技術は多くは無い。主に大きくなるまで躾を施し、育成者に追従させる方法くらいだろうか。
だが、今回に関してはそういった類いのものとは別だろう。何せ、依頼人とやらが変異種を用意したようだし、そうであれば魔物から見て他人である彼等に従う道理はない。
「どうやって魔物を従えているの?」
「わ、分からないよ。そんなの・・・・・・何故だか、あの魔物達は僕等の言う事を聞くだけで・・・・・・原理は何も」
嘘を吐いている様子は無い。
特殊な方法で魔物を操り、その機能を確かめる実験はギルドの下っ端に丸投げ――極力、足が付かないように考えているようだ。
「うむ・・・・・・。これ以上の情報は無さそうだ。グロリア殿、ロボ殿と合流しよう」
「分かった」
こうしてロボ達の行っている残党狩りを手伝い、ようやくギルドへ帰還したのだった。