12.言葉選びが下手クソ(1)
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「――グロリアが何か追いかけて行ったな」
「意外と余裕ありますね、ロボさん。俺はくたくたですわ、本当」
通常の大狼とその群れを相手取っているロボは、視界の端で同期が物凄い速さで駆け抜けて行ったのを見てそう呟いた。しかし、狙撃手であり苦労を強いられているセシルには不評だったのか冷たく返されてしまったが。
ただ、その会話を意外にも引っ張ってきたのはセシルの方だ。
「止めないんですか。勝手な事をするなって」
「ああ。何か考えがあるんだろう! グロリアはサボったり、急に逃げ出すような奴ではないからな!」
「へえ、そうなんですか。ま、あれだけ強かったら単独行動を取っても大事にはならないか」
「俺の気のせいかもしれないが、人影が見えたような気がしたからな。正直、追って行って貰ってありがたい!」
「よく見てますね、そんなの。俺は目の前の狼の相手で精一杯ですよ。というか、女性と二人きりになってる先輩の方が心配です」
「柊木が? 何やかんや、ちゃんと働くから大丈夫だろう」
「そりゃ、あの真面目な柊木さんがサボりなんてしないでしょうけど。俺が心配しているのは、心労とかの方ですって」
それを笑ったロボは、向かってきたウルフの一体を両断する。流石の数だ、血の臭いが立ちこめており、この調子だともっと上位の魔物が乱入して来る可能性も低くはない。どこかで切り上げたい所だが、果たして。
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人影が見えた。
その事実に基づき、グロリアはその人影を追いかけていた。
そもそも、今回の魔物討伐は色々と不可解な点がある。まず第一に、あまりにも統率が取れたウルフ達の動き。まるで人間が考えたかのような策だった。
次に先程まで相手をしていた変異種の身体付き。誰かが餌をやり、トレーニングでもしたのかと思うような肉体だった。
本来ならば人間が魔物を飼い慣らす事など出来ないし、それが大幅に強化された変異種ともなれば尚更なのだが――この一件に関しては、魔物討伐なのに人間の痕跡が多すぎる。それに、殺意を以て柊木を狙撃してきた者が潜んでいるのだ。
この視界の悪い森林内で狙撃され続けるのは堪らない。遠くからの殺気には気付き辛いので、負傷者が出る事は請け合いだ。
故に狙撃手を伴った人間の集団を放置する訳にはいかないのである。
――見えてる。走るのは速くない。素人ではないけれど、私より強くはないかもしれない。
相手の実力を見極めるのは重要だ。一人で追いかけてしまったが、勝てそうにないのならばロボ達に分かるよう救援を要請しなければならない。けれど、走っているのを追いかけている感じ、一人でどうにでも出来そうだ。
縮まった距離を見つつ、グロリアは魔弓を《倉庫》から再度取り出した。魔弓の良い所は魔力さえ切らさなければ、常に浮遊している状態なのでその手の魔法を使用せずとも使用者に武器が追随してくれる所だ。
矢を放つ時は足を止めなければならないが、矢の生成をしながらでも目標を追い続けられるという事。また、手も塞がれないので何かあっても咄嗟の対処が可能である。
どういう状況であれ、人を殺すのは御法度にして三流。
《風撃Ⅰ》をベースに作成した矢を、走る人間のその足下に向かって放つ。寸分の狂い無く突き進んだ風の矢は狙い通り地面に着弾、走っていた人物を宙へと放りだした。
そのタイムロスもあってか、ようやく逃げていた人間に追い付く。
黒いローブを着て、身元を隠す気満々。受け身を取るのはあまり上手ではなかったらしく、どこかを打ったのか地面に跪いたまま唸っている。
「捕まえ――」
言葉は最後まで続かなかった。黒ローブの男に詰め寄った刹那、グロリアが今まで走って来た道なき道から、更に追加人員が現れたからだ。全員が黒いローブを着用し、ご丁寧に顔を隠しているのが伺える。
追加された人数は3人。体格的に男性2人、女性1人といった所か。手持ち武器はまちまちで統一感はない。
「捜す手間が省けて良い」
「強がりを。流石の正規ギルド員でも、4対1は苦しいでしょう?」
4人の中で唯一の女性である黒ローブが嘲るように言葉を紡ぐ。いや、強がりなどではなく純然たる事実なのだが。言葉をそのままの意味で受け取って貰いたい。勘繰るな。
ともかく、4人の出で立ちを観察する。
最初に追いかけていた男は狙撃銃を持っており、この距離ならば警戒には値しない。3人組は右から一般的な片手剣、杖、槍と全距離を網羅したバランスの良い編成となっているようだ。
周囲にウルフの姿は無い。魔物討伐のクエストだったはずなのに、気付けば人間同士の争いに早変わりしてしまったようだ。
そして気を付けたいのが、この集団が本当に4人で構成されているのかどうかという事である。どこかに複数名、潜伏していないとも限らない。周囲への警戒を怠らないようにしなければ。
そんな訳で、グロリアはすぐさま自身の周囲に《防壁》を展開した。銃弾の種類によっては、狙撃銃の一撃を防ぎきれないが生身で食らうより遥かにマシだからだ。
「アンタ、一人なの分かってる? マジでやる気かよ、喧嘩っ早いな・・・・・・。無表情で気味も悪いし、とっとと片付けて元の配置に戻るぞ」
「若いギルド員ばかりで、簡単に事が終わると思ったんだけどね。当てが外れた。いや、魔弓使いの彼女だけが別格なのかもしれない。この子を片したら、目論見通り簡単に終わらせられるかも」
知らない人との会話は緊張する上、不要な会話であると判断したグロリアは相手方の言う事を一切合切無視した。戦闘より、人と話す方が苦手だ。