10.大きすぎる犬(2)
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――しまったな・・・・・・。
ウルフ達の相手をしていたロボは心中で小さく溜息を吐いた。というのも、状況が頗る悪い。
この場で唯一、多対一を難なくこなせるグロリアがとうとう現れた大狼・変異種により、足止めされている。雑魚をバッサバッサと薙ぎ倒していた彼女が一人欠けるだけで、たちまち相手をするウルフの数が増えてしまいげんなりした。
それに加えて、更に3体の通常大狼が姿を現す。どうやら、変異種は通常種の群れをも取り込み巨大な群れを形成しているようだった。全く嬉しくない情報である。
「グロリアは大丈夫そうか、柊木?」
少し離れた所で、これまた雑魚処理中の鬼人に問い掛ける。ややあって、ロボよりはグロリアの様子を窺える位置にいる彼は情報を正確に伝達した。
「今の所、ダメージはあまり受けていない。が、たった一人で変異種と戦って、あれを制圧出来るとは――拙者は思えぬ」
「うーん、流石のグロリアでも厳しいか?」
「ただ、セシルは要らぬと思ったのかこちらへ戻って来るようだ」
「セシルを返したのか。それは余裕の現れなんじゃないか? もう少し持ち堪えてくれれば、誰かを加勢にやるんだけどなあ」
――いや待て、セシルを返すから柊木を貸せという意味じゃないのか?
ふと思い至る。この近距離でセシルを変異種の討伐に参加させても役に立つ事は出来ない。が、近距離アタッカーの柊木を代わりに渡せば素早く変異種を討伐。残党狩りが出来ると踏んで、敢えてセシルを放したのではないだろうか。
そこにまで考えが至れば後は早かった。
「柊木! 悪いが、グロリアと組んで変異種を討伐してくれ!」
「え!? せ、せせせ、拙者がグロリア殿と・・・・・・組む!?」
「いや、お前が行かなかったら俺が行く事になるが・・・・・・そういう状況じゃなくないか?」
「うっ、それは確かに。仕方無い、ぐ・・・・・・」
聞き分けの良い柊木は最後に意味不明な呻き声を漏らし、目の前のウルフを持っていた刀で切り捨て、次の瞬間には身を翻してグロリアの元へと向かって行った。
***
――行きたく無い。
ほとんど見ず知らずの女性であるグロリアの元へ向かいながら、柊木は痛む胃を押さえた。しかし、セシルを返して貰った以上、こちらも協力しなければならない。というか、協力者なのはどちらかと言えばグロリアの方である。
それに彼女の後ろには《レヴェリー》の看板Sランカー・イェルドも付いている。自分の不手際で、Sランクパーティと仲違いするのはマイナスにしかならないだろう。
無理矢理、理屈を捏ね回して自分自身を納得させる。そうでもしないと、足が竦んでしまいそうだった。
気を紛らわすように、グロリアへ視線を送る。
彼女はと言うと既に大狼・変異種と交戦中だった。ただし、変異種だろうが何だろうが大狼は大狼。一対一とは行かず、雑魚ウルフとも戦う羽目になっているのは見ているだけで分かった。
既に間合いを詰められている彼女は、この大陸にしては珍しい武器である刀を振り回しつつ、間合いが取れれば魔法を使うというまさにオールラウンダーを体現したかのような立ち回りをしている。
魔法を編みつつ、寄って来たウルフを刀の一振りで一掃。その間に作製した広範囲魔法で周囲を巻き込みつつ、変異種にも魔法をぶつける。実に効率的で、常に周囲の掃討に当たるのでウルフの数が増えすぎて首が回らなくなるような事態には陥っていないようだ。
――が、それでも決定打に欠ける。
雑魚処理はそれで全く問題が無い。しかし事、変異種においては雑魚の括りに入らない。広範囲の《水撃Ⅱ》を真正面から受けてもびくともしない。攻撃性能の高い炎属性の魔法は、森という場所で使用するには危険。
「――!」
変異種がグロリアへと突進して行った。巨体の割に俊敏な動きで、戦闘慣れしていない者であればその挙動だけで冷静さを失う迫力がある。
だが、そんな猛攻を受けてなお、グロリアの無表情は全く崩れない。
冷静に斜め前に素早く回避しながら、通り魔よろしく変異種を浅く斬り付けつつ突進を上手く回避。大仰な動きは無く、最低限、ぶつからない程度を予測してカウンターまで決める大胆不敵さ。
――強い。戦闘民族でもある、我々鬼人に劣らない気性の荒さが伺える。
一瞬だけ女性という事実を忘れて感嘆の溜息を漏らした。近接戦では彼女と互角に戦える気がするが、あのように魔法を完璧なタイミングで撃ち込まれれば手も足も出ない事だろう。認めなければならない。彼女は正しく強者である。
――いや、このような事をしている暇は無い。
グロリアの立ち回りを少しの間観察していたが、首を振って目の前の魔物に集中する。ただし、急に横合いから飛び出すと事故を起こす可能性があるので、心底憂鬱ながらも柊木は彼女へと声を掛けた。
「助太刀する!」
無機質な目が、一瞬だけこちらを見る。やがて、彼女は特に声を張っている訳でもないのにハッキリと聞こえる絶妙な声量で応じた。
「無理はしなくていい」
「・・・・・・あ、いや、そのような事は無いので・・・・・・」
ぴしゃりと言い放たれて萎縮してしまった。というか、状況を見て貰えば分かると思うが今グロリアへの加勢が出来るのは自分だけ。それを要らないという事は、一人で変異種を片付けるだけの考えでもあるのだろうか? それとも、ただ気を遣われているだけなのか。