05.共同生活力を見習いたい(1)
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イーランド自然公園。
大陸内にある、巨大な森林の事である。多種多様な動物に魔物、加えて珍しい植物だの何だのがひしめき合う、まさに大自然といった場所だ。
今回のクエスト地はこの自然公園深部である。一応、転移魔法装置が置いてはあるのだが、如何せん公園などと言いつつもあまりの広さだ。こんな所まで移動してくる者などそうそういないだろう。
案の定、現地に人影は全く無い。不気味な程に静まり返り、草木の擦れるような心地の良い音だけが空間を支配している。
「これは・・・・・・大狼を捜すのも大変そうですね。取り敢えず《サーチ》かな。歩き回るなんて時間の無駄ですわ」
そう言って肩を竦めたのはセシルだ。グロリアもまた、内心でその意見に同調する。この深すぎる森林で、ヒューマンより多少大きいくらいの狼と群れを捜すのは至難の業。捜すだけで日が暮れるどころか、数日が経ってしまいかねない。
「ああ、そうだな。特にウルフ系の魔物は俺達みたいな、武器を持っていそうな人間に接触する事はほとんど無い。こっちから出会う必要があるな!」
ロボの言う事は正しい。通常のウルフは余程切羽詰まった状況でない限り、人間を襲わない。特にイーランド自然公園は人間以外の餌で溢れており、わざわざ報復してきそうな人間を襲う必要も無いのだ。
大狼・変異種に襲われた人達がいるとの話だったが、要らぬちょっかいでも掛けたのだろう。彼等は自分達が群れの中で巨大に進化した強い魔物である事を自覚している。嘗めた態度を取れば、襲い掛かってくる事例も後を絶たないのだ。所詮、獣は獣という事である。
それはともかく、セシルが《サーチ》を使って捜してくれるようなのでそれを待つ――
「あ、《サーチ》は良いんですけど、基本的に俺って魔法の扱い下手クソなんですよね」
「・・・・・・私が代わりに《サーチ》を掛けるから」
いつまでも魔法を使用しないな、と思ったらそんな事を宣ってきたセシル。最初から言ってくれと思いつつ、《サーチ》を起動した。もたもたするのは好まない。一刻も早く、この気まずい時間を終わらせなければならないのだ。
おお、とのんびりした声で態とらしい驚きを露わにするセシル。
「手際いいっすね~。いやあ、助かります」
「・・・・・・」
「む、無言・・・・・・!?」
――ごめん、何て返事すればいいのか分からなかった。
コミュ力強者且つ陽キャっぽいセシルの空気を吸うと肺が痛い。肺というか、正確に言うと心が痛い。
《サーチ》の結果が表示される。変異種に関わらず、大狼を《サーチ》で捜す際には群れ単位で捜すの正攻法だ。奴等は群れるという生態系なので、点が一杯ある所に行けば良い。勿論、別の魔物の群れかもしれないのである程度近付いたら、偵察は必須だが。
――あー、運が良いな。近場に群れっぽい塊がある・・・・・・。変異種の群れだったら、これで当たりだから当たっていて欲しいな。
思わぬ幸運。何の群れかを早速確かめよう。
《サーチ》の情報が示す方向へ足を向けようと方向転換をした、瞬間。全然前を見ていなかったせいで何かにぶつかって、額からゴチンという鈍い音が響く。
「ヒェッ!?」
一瞬、木か何かにぶつかったかと思ったのだが情けない悲鳴にも似た声で人にぶつかったのだと察した。顔を上げる。
「あば・・・・・・あばばば・・・・・・」
――嘘でしょ、やったわコレ。
やけに冷静にそう思った。ぶつかった相手は、今まで一言も発さなかった鬼人・柊木だ。あり得ないくらい顔を真っ青――否、青を通り越して白い顔をしている。ぶつかってしまったのは申し訳無いが、当然ながらそんなに強くぶつかってはいない。柊木本人も、ぶつかられた瞬間にはびくともしていなかった。
しかし、今や鬼人の彼は可哀相なくらい白い顔をし、心なしか小刻みに震えている気がする。早急に謝罪した方が良いかもしれない。というか、そもそもぶつかってしまった訳だし。
「ぶつかって、すい――」
「キャアアアア!?」
「・・・・・・!?」
甲高い悲鳴を上げられた。どこからその声は出ているのか謎だし、その反応にも非常に傷付く。思わず見つめ合う事数秒、セシルが慌てた様子で口を開いた。
「あ、ああー、すいませんグロリアさん。柊木先輩、実は女性恐怖症で。驚いちゃったんだと思います」
「何だ今の悲鳴。柊木、お前高い声が出せたんだな! ははは!」
釣られたのか何なのか青い顔をして謝罪らしき言葉を口にするセシル。大して彼等のリーダーであるロボは爆笑していた。狂った空間だ。
硬直している柊木にもう一度、視線を向ける。そこでハッとした様子の彼は、焦りに焦った口調で弁解した。
「す、す、すまぬグロリア殿。あわわ、拙者、ちょっとあの、あれで・・・・・・。気を悪くされただろうが、あまり気にしないで頂きたい」
「・・・・・・はあ」
――いや無理ー! 気にしないの無理! 気持ちは分からなくも無いけど、私もコミュ力弱者だからフォロー出来ないんだよなあ!
でもここで自分の口から状況を説明しようとする勇気は讃えたい。それに関しては自分よりコミュニケーション力があると言っても過言では無いだろう。グロリアであれば棒立ちしている所だ。
しかしそれはそれとして。
知らない人とクエストに来ているだけでもかなりのストレスなのに、その中の一人が女性恐怖症と聞いてしまいストレスはマッハ。コミュ力マイナスの人間には辛すぎる環境だ、帰りたい。
誰にも気付かれないまま、グロリアはそっと自身の胃を押さえたのだった。