01.変則編成(1)
午前9時頃のギルドロビー。
既にたくさんのギルド員や依頼人が行き来しており、活気が溢れている。無論、基本的に朝は苦手なグロリアは小さく欠伸をしながら行き交う人の群れを尻目に、ある場所を目指していた。
今日はパーティーリーダー・イェルドと待ち合わせをしている。
というのも教育に熱心な我等がリーダーは定期的に部下と投映室にて手合わせを行う風習を大事にしており、今回はグロリアのターンだったと言う訳である。
流石にSランカーだけあって、イェルドの立ち回りは学べる事が多い。《レヴェリー》に来る前に所属していたギルドでは大抵の面子が自分より格上の相手であったが、大手に転入してからはそうでもないので、分かりやすく強い相手との試合は本当に助かる。
――ただ、コミュ障なのでひたすらに緊張し、昨日はあまり眠れなかったが。
若干、憂鬱な気分で目的地を目指していると、目的地ではない場所でイェルドを発見してしまった。しかし1人ではない。サブマスターの片割れ、ゲオルクと話をしている。
――行きたくないなあ。毎回、ランク上げろって言われて嫌なんだよなあ、ゲオルクさん。
話が終わるまで待とう。踵を返したがしかし、先にイェルドに見つかってしまった。
「グロリア! すまん、通り掛かるのを待っていたんだ。少し良いだろうか?」
「――・・・・・・はい」
呼ばれているだけなのに嫌です、とも言えない。内心で肩を落としながら返事をしたグロリアは、二人の元へと歩を進めた。嫌でもイェルドとゲオルクの会話が耳に入ってくる。
「今日は俺と用事があったんですが、そういう事ならグロリアに振るのもありでは?」
「そうだな。Bランカーと言えど、実際の実力はAランカー以上・・・・・・。グロリアであれば編入して問題無いだろう。偶然とは言え、お前達がギルドにいてくれて助かる」
――ちょいちょい、何の話だ、何の・・・・・・。
もう既に嫌な予感が拭い去れない。確実に何か面倒事を押し付けられる空気だし、リーダーのイェルドが前向きなのも状況が悪い。
死刑執行を待つ罪人のような気分でいると、ようやくこちらにも分かるように用件を説明してくれた。勿論、新たな用件を持ってきたサブマスター・ゲオルクがだ。
「用事に割り込んですまんな、グロリア。お前には今からロボの一部パーティに変則編成で入って、クエストを一つこなして来て貰いたい」
「・・・・・・」
「無論、変則編成を命じた以上、緊急クエストだ」
変則編成。
サブマスター以上が発令の権限を持つ、パーティの垣根を越えた特殊な編成で当たるクエスト。主に緊急性が非常に高く、パーティ一塊を招集不可または招集しても手に余る場合に余所のパーティから人材を引っ張ってくる編成。
ロボのパーティ事情はよく知らないが、彼はつい最近自分のパーティを持ったばかりの、かなり若い集団だ。緊急クエストにその面子だけで繰り出すのは不安と考えたのだろう。また、『パーティの一部』と言っているあたりロボのパーティも全員揃っている訳ではなさそうだ。
しかし問題はそこではない。
問題は――そう、この命令は原則無視できない。拒否権がない。勿論、命じたサブマスターに意見を言う事は出来るが今回は相手がロボで同期であり、断れる理由がない。
ただ正直、本当に参加したくないのが事実だ。
だってロボ以外のロボパーティは顔を合わせた事すらなく、完全に他人。恐すぎるし、そこに入って行ける度胸がない。
仕方が無いので勝ち目の薄そうな反論を口にしてみた。無理そうならば腹を括るしかないだろう。
「――お言葉ですが、私はBランクギルド員です。変則編成で他パーティに参加するのは無理があるのでは?」
また冷たい言い方になってしまった。言葉って難しい。
意見を受けたゲオルクは険しい表情を浮かべる。まさか、地雷を踏み抜いたのか?
「ああ、確かにお前の意見には一理ある。ただこちらとしては、数少ないAランカーが通り掛かるのを待つより、Bランカーではあるが実力はSランカーにも及ぶ可能性があるお前を起用した方が早い。無理を強いて申し訳無いが、今回は得体の知れない魔物が討伐対象でもあって、手数の多い者を選びたいのだ。だから、イェルドを見掛けた時にまず声を掛けた。オールラウンダーだからな」
「得体の知れない魔物?」
「大狼の変異種が出た。恐ろしく凶暴で、一般人の中に怪我人も出ている。変異種系列は何の能力がどのように変異しているのか分からない事が多いからな、派遣した人材が役に立たない事もあり得るが――何でも出来るオールラウンダーであれば、その心配も無い」
「・・・・・・はあ」
「同期が心配じゃないのか? 通常の大狼はBランクの魔物だが、変異種は未知数だ。確かにロボは優秀だが、少ない人数で送り出すのは危険だと俺は感じているが」
一瞬だけ考える。
《レヴェリー》に入って分かったが、自分の基準は少しズレているようだ。前ギルドが変わった運営方法だったので、手練れが多く、そちらの基準に慣れているせいだろう。
故に行きたく無い気持ちを一旦仕舞って、冷静に考える。
大狼の変異種など出会った事も無いが、所詮はデカい狼――そう考えていたが、その考えは間違っているのではないだろうか。謎の多い変異種とぶつかった時、彼が大怪我をしないとも限らないのでは?
「――・・・・・・行きましょう」
「そうか。そう言うと思っていた。お前は同期に寛容だからな。すまんがイェルド、彼女をロボ達の元まで送ってやってくれないか。少し立て込んでいるからな、緊急クエストのせいで」
「ええ、承知しました。行こうか、グロリア。こっちだ」
イェルドに声を掛けられて、その背を追う。
――どうか、ロボの仲間がフレンドリーな感じで恐い人達じゃありませんように!