18.暗殺者らしさ(2)
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――隠密を駆使して攻撃を仕掛けて来るアタッカー? 正規ギルドには珍しい人材だな。
一方でパーティリーダー・ダンカンは鬼人の男である兵頭の断片的な報告を受けて首を傾げていた。
既に立っているメンバーは自分一人だが、撤退するにしろ屋敷に深く入り込み過ぎている。通り道でゴルドを処理し、仲間の回収は後回しにするのが理想だが、兵頭をしとめた相手のメンバーがそのゴルドと共にいる可能性を考えると現実的では無い気がする。
ともあれ、闇ギルドのクエスト失敗は即ち死を意味する。どうにかしてゴルドには死んで貰わなければならない。方法は何だって構わないのだし。
イェルドの率いるパーティについて考察する。
暗殺に特化したアタッカーなど二人も三人もいないだろう。つまり兵頭の方へとその人員を割いたのだから、近場に敵方の暗殺者は潜んでいないと考えていい。
そして会う訳にはいかなくなったイェルドはどこにいる? 《サーチ》で調べた所で、どの点がイェルドなのかを見分けるのは難しい。
――視線。
ハッとして正面を見る。丁度、角からふらりと人影が現れた。細い筒状の何かを持っていると視界の端で理解した瞬間、ダンカンは真横へと倒れるように回避する。
乾いた破裂音の後、廊下の突き当たりにあった壁に小さな穴が空いた。これは狙撃銃による攻撃。廊下という直線距離を利用し、無理矢理遠距離攻撃を仕掛けてきたのだろう。オールラウンダーであれば問題の無い立ち回り。
そしてオールラウンダーと言えば。
《レヴェリー》所属、Sランク員のイェルド・ヴァクリンが有名所だろう。今回の場合は特に。
果たしてその予想は大当たりだった。薄く煙の立ち上る銃口をこちらに向けているエルフの男。その目は冷徹にこちらを注視しており、簡単には逃がしてくれそうにない。
「ついていないな、こんな時に――」
どうにか隙を作り、この場から離脱する。
そう決意しSランカーに向き直った刹那。
「……は?」
鋭い衝撃。次の瞬間には脇腹に焼けるような痛みが走る。間違いなく致命傷。生命力の強い獣人であっても膝を突くくらいの重症だ。恐る恐る痛みが走る腹部へと視線を落とす。片刃の刀身が腹から突き出しているのが見えて、その瞬間ダンカンは抵抗を止めた。どうしようもない、詰みである。
薄れゆく意識の中、最後に見たのは背後に立つ死神のような男。黒々とした格好をしていて、黒い鉄製のマスクを着けている。
――これでは、どちらが暗殺集団か分からないな。隠密行動可能な人材が、2人……? どんなパーティ構成だ。
愚痴を言いたい気持ちに駆られたが、当然ながらそんな事は叶わなかった。
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「みんな、お疲れ。今回は長丁場だったな」
リーダーであるイェルドの言葉に、グロリアは心中で大いに賛同した。1週間の長期任務だったのは純粋に辛かった。そろそろ家が恋しい。
ともあれ、あの暗殺集団を討伐した後、実はここからが長かった。というのも彼等をふん縛って依頼人と同じ空間においておく訳にもいかない。
時間が時間ではあったものの、然るべき機関に連中を預けたり、ゴルドに完了報告をしたりとなかなかに時間が掛かった。そんな訳で、現在の時刻は午前4時過ぎ。一番眠い時間帯なのだが、今まで殺し合いをしていたという事実でアドレナリンがドバドバだったが為に、言う程眠くは無い。
「本当に疲れたわ。あーあ、明日は丸一日お休みにしようかしら。ゴルド様が貸して下さった本も早く読んで返さないと」
「ああ、好きなだけ休んでくれ。ところで、まだ《レヴェリー》へ戻っても受付がいない時間帯だな。これはゴルド様のご厚意だが、一時は屋敷で休憩してから戻るといい、との事だ。どうする? 戻って家で休みたいのなら、このまま帰還するが」
イェルドの言葉にいち早く反応を見せたのはキリュウとユーリアの古参コンビだった。
「俺も流石に疲れたんで、日が昇るまで休みたいですね。というか、こんな暗い時間に町を歩いていたらチンピラに絡まれて余計に疲れるでしょ」
「そうね。ちょっとだけ睡眠を取ってから帰りたいわ。もう、くたくただもの」
2人の意見に苦笑したイェルドが、こちらの新入りにも意見を求めてくる。
「だそうだが、お前達はどうだ? 帰りたいのなら話し合いで決めるが」
「俺はどちらでも構わないので、休憩してから戻っていいですよ」
「私も」
本気でどっちでも良かったので、ジークの意見に便乗した。というか、こんな時間に家まで徒歩で帰るのは気が重い。夜の町は治安が悪いものだ。
「分かった。依頼人には俺が部屋を借りる旨を伝えておこう。お前達は戻って休憩していていいぞ」
それだけ言うと、特に疲れている様子も無いイェルドは踵を返して部屋から出て行った。続いてキリュウとユーリアも相当に疲れが溜っているのか、部屋から即退散する。残されたのはグロリアとジークのみとなった。
不意に残されたジークが声を掛けてくる。
「グロリア。さっきは救援助かった」
「そう」
――あああ! また可愛げの無い返事を!
速攻で自己嫌悪に陥っていると、やはりいつものように気にする素振りもなく微かに笑みを浮かべた彼が言葉を続ける。
「3人も敵を討取ったそうじゃないか。撃墜王だな、流石だ」
「そうかな」
「ああ。……いや、引き留めて悪かったな。また後で」
なんて優しい青年なのだろう。こんな無愛想な女に気遣いまでしてくれる。「早く部屋に戻って身体を休めるんだぞ」、というお言葉すら残してジークは去って行った。
勿論、ここはちょっと広めのイェルドの部屋。帰って来た時に別室の仲間が棒立ちしていたらリーダーも恐いだろうから、グロリアもまたそそくさと部屋を後にした。