17.暗殺者らしさ(1)
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「――魔物、魔物、魔物か」
イェルドはうんざりと溜息を吐いていた。ただでさえ、魔物の討伐依頼は嫌と言う程受けると言うのに、何が楽しくて人間からの護衛クエストで魔物の相手をしなければならないのか。しかも見知った雑魚セットばかりだ。
足が速い魔物ばかりが揃っているので、事態の把握に一瞬とは言え時間を取られたグロリアが見逃してしまった魔物だろう。彼女を責めるつもりは毛頭無い。むしろ、この程度の魔物流出で済んでいるのはグロリアの手腕に寄る所が大きいだろう。
襲い掛かって来た四つ足獣の魔物を手にしたダガーで両断する。室内戦は如何せん狭いので、大きな得物はかえって不利になるケースもあるし、何やかんやでこのくらいの武器が小回りも利いて扱いやすい。
――とはいえ、踏ん張っているジークの所にこの魔物が向かうのはマズいな。言いたくはないが、ゴルドの護衛が一番苦戦している。
次はグロリアを依頼人の護衛に充ててもいいかもしれないな、と頭の片隅でそう思った。ジークは皆のタンク役ばかりをこなしているが、存外攻撃的な行動をさせても上手くやれるかもしれない。可能性はたくさんあった方が良い。
不意に《通信》によるノイズが耳朶を打った。
『グロリアです。件の2人を片付けました』
『了解。流石だな、グロリア』
個人的に送られた音声に首を傾げる。全体では無くリーダーであるイェルドにだけ伝えてきたのだ。彼女は稀にこういう行動を取るが、真意は不明であったり何かの布石であったりとバリエーションが様々である。
考えは読めない。が、グロリアともあろう人材が何の考えもなく自分にだけ報告してくるはずもないだろう。自由にさせておくとする。
最後の魔物を倒し、周囲を見回す。今の所、近場に敵の姿は無い。
ここでキリュウと合流する予定があるが、どうしたものか。ジークとユーリアが心配である。
――遠距離からの狙撃で援護をするべきか?
幸い、「コ」の字になっているこの屋敷は窓を壊して問題無いなら、案外狙撃に向いている。場所も悪すぎる訳ではないので、ちょっと移動すれば襲撃できる可能性が高い。
――いや待て。そういえば、グロリアがフリーだな。
あまりにもさらっと報告されたので一瞬にして記憶から消えていたが、これはジーク達が相手取っている鬼人に悟られないよう、リーダーにだけ報告したのかもしれない。故に、イェルドは救援を一時見送る事に決めた。
***
――思ったよりずっと強いな、この鬼人。
ジークは焦りを隠せずにいた。というのもこの鬼人、徐々にではあるが最初の頃より、より厄介に。より強靱になってきている気がする。こちらの動きのパターンを理解し、それを瞬時に活用、取り入れて立ち回りし始めているからだろう。
分かる事は唯一つ。戦闘という行為の経験が、相手の方がより高いという事だ。
かなりの死線を潜り抜けてきたのだろう。この状況で決して勝負を急く事もなく、ジリジリと追い詰めてきている。体力消耗の心配はしていないが、集中力の低下が危惧される長期戦だ。
相手の精密で弱い部分を重点的に狙う動きは神経をすり減らす。加えて守りに徹しているが為に状況に終わりが見えないのも精神に過負荷を掛けている。
「どうした? ビビってんのか!?」
「……」
鬼人の煽るような言葉には反応しない。する暇も無い。絶え間の無い斬撃を防ぐので手一杯だ。ユーリアが遠隔でサポートしてくれているが、やはり近くに依頼人がいる状態では満足に戦えない。
――ん?
こっそりと近付いて来るような足音。ヒューマンであれば聞き逃すどころか耳に届きさえしないその足音を拾ったジークは三角形の耳を僅かに左右へと向けた。が、もう音は聞こえない。
もしかしたらキリュウの救援かと期待したが、彼はその道のプロだ。いくら獣人であろうとも物音一つすら拾う事は叶わないだろう。
ならば誰が?
イェルドかグロリアだろう。どちらもオールラウンダーであり、キリュウから隠密の心得をそれなりに教わっているらしい。それにしても我がパーティは何でも出来る人材が多すぎて候補が増えるのは困ったものだ。
鬼人が振り抜いた太刀を大盾で受け流す。すかさず遠目から機会を窺っているユーリアが《風撃Ⅱ》を放ったがひらりと躱された。
真正面からでは突破が難しいと思ったのか、鬼人は考えるかのように一歩下がる。
瞬間、夜目が利くジークは鬼人の背後から忍び寄る影を正確に捉えた。小柄な体躯、隠密行動に慣れたような足取りにして、感情の無い表情。彼女――グロリアはその手にナイフを握っていた。
以上の情報を精査する頃には背後から忍び寄った彼女は、どちらが暗殺者なのか最早分からない程鮮やかに刃物を一閃させた。
「なん……!?」
困惑したような声を上げた鬼人が襲い掛かって来た人物を確かめる為振り返ろうとしたが、続けて繰り出されたグロリアの華麗な回し蹴りによって確認には至らなかった。
完全に意識を刈り取られた鬼人がうつ伏せに倒れるのを、肩で息をしながら見つめる。と、どこからともなく現れたグロリアの無感動な目と目が合う。
「あら、グロリア! 流石の立ち回りね。最初に相手をしていた2人は、もう片付けてしまったのかしら?」
ユーリアがおざなりな拍手をしながら登場する。先輩の言葉に対し、グロリアは頷きを返した。なるほど、暗殺者の4人中3人は彼女が倒したという訳か。驚きの数字である。もうグロリア一人で良いのではないだろうか。
「すまない、助かった。このままだと押し込まれる所だった」
やはりグロリアは頷くのみだった。感情が読み取れずに戸惑うも、彼女程もあろう人物なら気に障ればそう言うだろう。何も言って来ないという事は、そこに負の感情もないという意味に他ならない。
ともあれ、眼前の暗殺者という脅威が去った事を悟ったジークはようやっと緊張の解けたような溜息を吐いた。