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16.緊急性を伝えるのが難しい(3)

「――奇襲を仕掛ける」


 程なくして応急手当を終えたジビラが低い姿勢を保ったまま呟いた。

 彼女の視線の先には化け物、もといグロリアが召喚した魔物との小競り合いに勤しんでいる。奴がこちらの動きに警戒していないはずはないが、それでも何も策を練る事無く突っ込むよりは遥かにマシだろう。


「俺も援護します。水撃Ⅱで攪乱しますから、その隙にジビラさんが物理的に攻撃して下さい。間違いなく、奴は俺の魔法を《防壁》系の魔法で防ぐはずです」

「そうね。寸分の狂いなく、最も効率の良い手段を用いてくるあたり、流石に魔法を使えば無視はしないはず」


 ニワトリのような鳴き声を上げた魔物の一体がその場に崩れ落ちるのを視界の端に捉える。あれだけ喚び出した魔物は既に3体にまで減っていた。

 という事は即ち、標的が魔物から人間である自分達に移るという事に他ならない。逃げない獲物は後回しという訳だ。


「――こっちだ、化け物!」


 敢えて大声で気を引き、見せ付けるように魔法石による式を起動する。如何に既に術式が用意されているとは言え、瞬間的なロスタイムはあるものだ。この間をどのように過ごすかで、中距離魔法アタッカーの真価が問われる。


 ほとんど予想通り、感情を写さない瞳がイリネイの方へ向けられる。それも一瞥という程度で、彼女の視線は固定される事無く絶えず移動。視線の動きがあまりにも速すぎて、こちらを認識しているか確証が持てない程だ。

 一方でジビラが腰を低く落とし、駆け出す為の予備動作を取る。今度はグロリアの視線がそちらへと向けられた。


 ――来た。ジビラさんと同時に攻撃する!

 本来ならばジビラを巻き込み、敵味方を問わない無差別攻撃になってしまうのだが、今回は例外だ。事前に打ち合わせをしているので、グロリアが《防壁》を張らなければジビラは待機する。

 反射神経と肉体の強靱さは獣人の専売特許だ。その一点においてはグロリアより、ジビラが勝っていると確信を持てる。


「――今!」


 ジビラの声が強く鼓膜を打つ。瞬間、胡乱げなグロリアと目が合った気がした。


 水撃Ⅱは大量に喚び出した水が弾ける魔法。

 バケツを引っ繰り返したかのような大量の水がグロリアへと襲い掛かった。が、当然ながら魔法を生身で受けるような手合いではない。《防壁》により、傘よろしく大量の水は弾かれる。

 ガラスに流れる水のように、視界不良に陥ったグロリアの元へ間髪を入れずジビラが突撃した。圧巻の脚力による、弾丸のような速度で化け物が展開していた《防壁》に穴を開ける。

 小サイズの魔法石で作った即席の《防壁》だったのだろう。ジビラによる針のような攻撃の前に、風船でも割るかのように彼女を護っていたドーム状のそれが弾ける。


 流石は物理特化型の獣人。魔法職の張る《防壁》を割り慣れているようだ。

 壁を叩き壊した事などまるで無かったかのようにスルーし、流れるように滑らかな動きですぐさま狙いを本体であるグロリアへと切り替える。


 完璧なフォームから繰り出された、刃物の付いた拳から繰り出される攻撃。獣人特有の豪腕から繰り出されるそれは、対象の肉を引き裂き、骨を抉り、確実に再起不能にする――のだろう、大抵の場合は。


 ただ今回はその大抵の相手、には該当しなかった。


「盾!?」


 片手用の盾。まるで鉄板のようなそれを、恐ろしい事にジビラはその腕力で以てして半ばまで刺し貫いていた。

 ただし計算かはたまた偶然なのか。

 腕力で押し込み、盾ごと持ち主を貫いていたであろうジビラのクローは、鉄の盾に加えて盾の裏にセットされていた大サイズの魔法石によって完全に勢いを殺されていた。魔法石にそこまでの強度は無いので、クローにより刺し貫かれて機能を停止しているようだが、全く喜べる状況では無い。


 しかし、一見すると完全に奇襲を防いだように見えたグロリアにも多少のダメージはあったようだ。両手で支えていた盾をとうとう取り落とす。

 ジビラの腕力で繰り出されたそれを、《防壁》に盾、そして魔法石でなるべく殺したが無傷とはいかなかったようだ。手指による機能が麻痺しているのは想像に難くない。


 それでもなお表情一つ動かさない化け物の行動は迅速だった。

 壊れた盾はそのままに、《倉庫》からロッドを取り出す。あまりにも早いので、ジビラが突っ込む前から準備していた事が伺える。


 ロッドの先端には当然ながら大サイズの魔法石がセットされているが、恐らくこれは光撃Ⅳ。建物を破壊しても構わないという腹積もりか? まさか、表情に出さないだけで結構追い詰められている?


 ――勿論、そんな訳はなかった。

 先程とはサイズの異なる《防壁》、左腕に装備したバングルから《水撃Ⅰ》、そして今し方用意した《光撃Ⅳ》の同時使用。

 床はイリネイ自身が用意した《水撃Ⅱ》により水浸しだ。


 水属性と混ぜ合わされた光属性の魔法は、水に惹かれる。本来なら四方に光属性魔法を撒き散らす魔法はしかし、水という導線に従って水浸しの床に立つ全員に対して炸裂した。無論、グロリアは自分で張った《防壁》内部にいるので被害の外である。

 今まで同じ手法を使って来なかったのは、こうして下準備した魔法は《防壁》により無力化されやすいので効率的と判断しなかったのだろう。

 だけど、ジビラと連携する為に自分はあの化け物に手の内を晒した。

 ――魔法の同時使用は出来ないと、召喚術をオートに切り替えた際に悟らせてしまったのだ。だから足下を掬われた。


 光属性から雷属性へと変換されたそれを避ける術も無く、イリネイは膝から床に崩れ落ちた。全身が麻痺して自由が利かない中、《通信》をカチカチと弄って緊急事態を伝える。リーダー・ダンカンから何かを察したらしい返事があった。


『了解、任せろ。下手な抵抗はしなくていい。……表のギルドは安易に人間を殺さない』


 ――だから、あの女、俺達が動かなくなるまで待つつってたのか。

 やっぱり舐められていたのだと悟ったところで、視界が暗転した。


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