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12.顔と名前が一致しない(3)

 ***


 作戦を立てた時の事を思い出し、平静さを取り戻したイリネイは吸った息をゆっくりと吐き出した。そう、意見を拾ってくれたリーダーや付き合ってくれているジビラの為にも、冷静さを欠いた無様な行動だけは避けなければならない。


 状況を見つめ直す。

 グロリアは一人だ。つまり今は想定通りの2対1の状態。あとは兵頭がゴルドを暗殺するまで彼女の足を止めればそれでいい。出来ればあの化け物に打ち勝ちたいとは思うが、そこは集団行動。冷静に務めなければならない。


 腹は決まった。グロリアの無機質で感情の無い瞳を見つめ返す。感情をどこかに忘れてきたとしか思えない奴の目を見ていると、酷く不安な気持ちにさせられるのだがどういう事だろう。

 震える手を耳に当て、リーダー・ダンカンへと報告する。開戦の合図だ。


「イリネイです。作戦通りに交戦します」

『了解。くれぐれも足止めが目的である事を忘れるな』


 ――大丈夫、分かっています。

 心中でそう呟いたイリネイは『倉庫』から杖を取り出した。隣のジビラも既に、クローを付けている。手袋に凶悪な刃物が吐いたような武器だ。彼女は近距離物理アタッカーなので軽いフットワークでグロリアへと向かって行った。


 一方でグロリアはその手に双剣を装備している。どちらも通常の片手剣より短く、しかし短刀よりは刃が長い。また訳の分からない武器を。室内戦なので小回りの利く武器を選択したのだろうが、魔弓を使用できない事に一切焦りなどはないようだ。

 その澄ました態度が腹ただしい。お高くとまった顔を歪めてやる。


 ジビラとグロリアが互いに武器の間合いに入るのを観察。イリネイの役目は随所での魔法サポートと魔法攻撃だ。生憎、こちらはゴルドの屋敷がどうなろうと知ったこっちゃないので魔法は使い放題である。

 ただ、当然の事ながら魔法は範囲攻撃に等しい。下手に乱発すればジビラを巻き込むので、こうして隙を窺っている訳だ。


 ジビラの軽いフットワークながらも獣人特有の腕力から繰り出される攻撃は、ヒューマンであるグロリアでは受け止められないだろう。よって、イリネイの狙い所はジビラの攻撃を受け流したグロリアが体勢を崩す瞬間となる。

 あの化け物がクローの刃を身体で受け止めてしまうなどという馬鹿な立ち回りをするはずがない。故にジビラとグロリアの攻防は見ているだけでは終わらないどころか、ジビラが先に畳まれる可能性も大いにある。


 そうしてその戦局予想は半分正解で半分間違いだった。


 ジビラの鋭い爪がグロリアへと襲い掛かる。

 ――それを一切手に持った武器で受け止める事無く、身体を捩って猫のようなしなやかさで回避したグロリアは間髪を入れずジビラの懐に潜り込む。攻撃を下がる、横に跳ぶという動きでは無く、前へと躱したからだ。

 回避と攻撃を両立させた立ち回り。反射神経の良い獣人であるジビラはすぐに何が起こったのかを察して目を見開いた。

 それに構う事無く、グロリアが左手に持っている双剣の片方をジビラの胸へと真っ直ぐに突き出した。


「ぐぅっ……!?」


 危険を察知したジビラが身を捻り、横っ跳びに跳ぶ。完全に回避するには至らず、その脇腹を剣先が抉ったものの間一髪で致命傷に至る程の深い傷にはならなかった。それでも致命傷では無いだけの立派な負傷だ。一瞬だけ派手に血がしぶき、清潔に保たれている床を血糊で汚す。


 グロリアの行動はそれだけに留まらなかった。ギルドでの教え――倒せる敵から集中して先に倒す。数を減らす立ち回りが基本。それを守るかの如く、腰を落としてジビラへの追撃の姿勢を見せた。

 そこでようやくイリネイは我に返る。突っ立っている場合ではない。ジビラは既に限界だ。このまま立たせておけば、いずれ失血によりダウンするだろう。その前に治癒魔法だけでも掛けて、止血だけでも終えなければならない。

 それに何よりまさにトドメを刺すつもり満々のグロリアをまず止めなければ。

 一番速く作れるⅠ級の魔法、風撃Ⅰを使用。着弾と同時に風を巻き起こす設定を組み、放つ――


「違う! 狙われているのは私じゃ――」


 ジビラの酷く焦った声が耳朶を打った。

 瞬間、手元から放たれるイリネイの魔法――と、同時に肩に焼けるような鋭い痛みが走る。


「え? あ……」


 まず見えたのはあの化け物が持っていた双剣の柄。徐々に脳が何を起きたのか整理し始める。

 肩口を貫通し、イリネイのすぐ背後にあった壁にまで切っ先が突き刺さっている、これは双剣の片割れ。恐らく肩の骨は砕けている。右肩が上がらないどころか、指一本さえ動かない。

 状況を理解すると同時、身に起きた悲劇について脳が正しく認識。それまで形を潜めていた痛みが束になって襲い掛かって来る。

 自分でも意味不明な叫び声を上げながら、肩を貫く剣の柄に手を掛けた。全く抜けない。どんな力で投擲したらこうなる。こんなのヒューマン女の力では到底無理だ。一体どうして――


 顔を上げる。そういえば、今自分が撃った風撃Ⅰはどこへ行ったのだろうか。荒い息で化け物と目を合わせた。

 ――無表情、無感情、そして無傷。防壁系の魔法であっさり防がれたのだろう。そこに驚きはない。


「――……あ」


 ヒューマンではありえない速度での投擲。その謎が不意に解けた。

 ジビラの方を向いているので、グロリアが右手で何をしていたのか分からなかったが答えは簡単だ。奴もまた右手では風撃Ⅰを起動し、その魔法で直接イリネイを襲ったのでは無く持っていた双剣の柄部を風撃Ⅰで弾き、射出した。

 回りくどい事をした理由も分かる。防壁魔法は物理的な攻撃の方が通りやすい。風船の一点を突いて割るようなイメージでの攻撃に弱いのだ。エルフである自分を見て、防壁に阻まれない攻撃をしようと思った時、凄まじい速さで得物を射出するのが簡単だと判断したのだろう。


 背筋に嫌な汗が伝う。

 完全に舐めていた。化け物が化け物である事を理解できていなかった。まずもって、経験値が違う。身のこなしが違う。発想力が違う。

 ――マズいな、時間稼ぎすら出来ない。何ならこのまま始末される可能性もある……。


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