10.顔と名前が一致しない(1)
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暗殺者と出会う事無く、気付けば1週間が過ぎていた。
その間、毎日豪華な食事とサービスを受け続け、そろそろ現実に戻れなくなりそうな気がする。高めのホテルに泊まり込んでいるようなもので、快適な事この上ないからだ。
――いやでも、やっぱりそろそろ家に帰りたいなあ……。
如何にお高いホテルであろうと、最終的にはそこへ帰結する。内心でグロリアは深い溜息を吐いた。
結局、ゴルドの屋敷には広い屋敷に見合うだけの人間が常に行き来している。部屋が勝手に掃除されていたり、昼食が出来上がった事を報せてくれたり、あらゆるサービスを受けているが全てゴルド以外の誰か――もっと言うなら、雇われの給仕達がこなしている訳で。
これが思ったより一人の時間が少ない。コミュニケーションが下手くそな人間にとってみれば、存外と気が休まらないのである。尤も、身体はあり得ないくらいに休まっているのでかなり健康的ではあるが。
傾きつつある太陽を尻目に、今まで祈った事も無い神にお願いする。そろそろ件の暗殺者に会いたい、と。
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そんな雑な願いが届いたと気付いたのは、深夜1時。通信から発せられた警戒音を聞いた時だった。
夜も更けていたのでうつらうつらしていた意識が引き戻される。どうやらお仕事の時間らしい。すぐさま、リーダー・イェルドから連絡が入った。
『サーチに侵入者が引っ掛かった。数は4人。位置情報を送るから、各自配備の通りに務めてくれ』
それと同時にサーチ情報が通信魔法を通して送られる。目を落としてすぐ、近くに2人組の侵入者がいると分かった。
グロリアの役割は遊撃。早速、この2人を撃破しに行くとしよう。4人中2人も捕まえられたら、クエストもすぐに片付く。
素早く踵を返したグロリアは鼻息も荒く、侵入者と接触する為に駆け出した。
「――っ!」
が、その足はすぐに止まる事となる。
偶然か必然か、追おうとしていた侵入者2名もまた、グロリアがいる方向へと移動していたようだ。曲がり角の所であわや衝突しかけて、息を呑む。
――行く手間が省けてラッキー。
内心で喜びつつ、素早く2人の装備を確認する。当然、セットされている魔法石は隠されているが、それ以外にも読み取れる情報はある。
片方は青年。ジークやグロリアと同じ歳くらいだろうか。白い肌に尖った耳はエルフの特徴だ。そしてエルフと言えば他種族よりも多い魔力量が特徴。故に魔法が主な攻撃手段だろうと予想が付く。
もう片方は女性。20代半ばぐらいの獣人。獣人は更にその中でも細かく人種が分かれているが、目の前の女はヴォルフ系の獣人ではなさそうだ。丸い耳と、細長い尾が見える。何にせよ、身体能力が高いので接近して戦う事になるのは勘弁願いたいものだ。
瞬時に観察を終えたタイミングで、青年が口を開く。
「出たな……! グロリア・シェフィールド!」
憎々しげな声音だ。目の前の彼は誰だっただろうか。記憶にまるでない。が、人の顔と名前を覚えるのが下手クソなので一概に初対面だとも言い切れない。
よって、反応に困ったグロリアはその発言をスルーした。いつものコミュ障が招く悪い癖である。
――まあ、捕まえた後に聞けばいいか。戦闘開始。
まずはどうするべきか。倉庫魔法を起動しながらのんびりと、そう思いを馳せた。
***
「状況は動いたか? もう一度、サーチを掛け直して欲しいな」
一方で、イェルドはゴルド宅のサーチャーにそう命じつつ緩やかな思考を繰り返していた。
もう一度使用されたサーチのマップには新しい情報が示されている。
――3人で固まっている所が、グロリアかな。アイツは確か、2人組の近くにいたはずだ。
そんなイェルドの考えを裏付けるように、やはり遅れてグロリアからの報告が通信魔法によりもたらされる。
『こちら、グロリア。侵入者の2人組と出会いました、交戦します』
「2人か。……手が空いているメンバーは頃合いを見て、救援に行ってくれ」
当然のように2対1で交戦しようとするので、一瞬反応が遅れた。何をそのまましれっと戦い始めようとしているのだろうか、彼女は。あまりにも好戦的過ぎる。自信の表れなのか何なのかはよく分からないが。
それに如何に彼女が優秀だろうと、頼り切りは良くない。彼女がいざパーティから独り立ちをした時、残されたメンバーが何も出来ない、では困るのだ。
それはそれとして、侵入者の残り2人はどこへ行ったのだろうか。バラけて1人くらいはゴルドの首を狙いそうなものだが。
――いや。そもそも、何故グロリアを2人がかりで処理しようとしている?
確かに彼女は強い。放っておけば厄介な存在だろう。が、それは《レヴェリー》でのみ認知されている事柄であって基本的にはBランカーの、知名度が低い彼女の事を知る者は少ない。
勿論、侵入者が《レヴェリー》のギルド員であるはずがないので、必然的に外部へグロリアの情報が何故か伝わっているという事になる――可能性あり。
何にせよ、侵入者達は明らかに素人ではないだろう。この1週間、みっちりとこちらを観察していたに違いない。嫌な手際の良さがそれを物語っている。
「イェルド様」
不意にサーチャーが口を開いた。やや顔色が悪いが、指さされた先を見て合点が行く。それと同時に今まさに指さした先にいるであろうジークから連絡が入った。
『こちらジークです。イェルドさん、こっちにも救援を貰えますか。侵入者が近くにいる……ような気配がします。まだ姿は目視していませんが』
「了解。聞いていたな、ユーリア」
『ええ、勿論よ。アタシは既にジークの近くにいるから安心して。でも……あまり気配を隠す気のない敵みたいね。大物かも』
ジークはゴルドの護衛を担当している。キリュウの横を抜けられた侵入者の一人がターゲットの首を狙いに来たのだろう。
ユーリアもまた、室内戦を不利とするスタイルだ。室内で考え無しに魔法を放つのは大変危険な行為である。
――待てよ、キリュウはどこへ行った?
5人しかいないパーティなのに、何故すぐ失踪者が出てしまうのか。頭の痛くなる話だが、キリュウに限って大事な時にサボったりはしないだろう。付き合いが長いのでそのくらいは分かる。特に彼は野放しにしておいた方が良い。一旦、忘れることにした。