01.報酬の昔話
我らがリーダー・グロリアが3日の休みを言い渡した為――ジモンはギルドにやって来ていた。
そう。本日は彼女が明確に定めた休日であるにも関わらずだ。
当然休みなので件のグロリアはいない。恐らくは新しい魔弓を調達しに店巡りだろう。彼女とは会う予定はない。
ロビーで寛いでいると、軽い足取りでエルヴィラが加わった。
「おはよう! 今日はよろしく」
「ああ」
休日にも関わらず呼び出されたエルヴィラは楽し気である。彼女は周囲を見回し小首を傾げた。
「まだジャスパーは来ていないのかな」
「その内来るだろ――」
噂をすれば何とやら、ジャスパーがひょっこり姿を現した。
珍しい組み合わせの3人だからか、他所のギルドメンバーからの視線がチクチクと突き刺さる。
「どうもーっす! いやあ、皆さん休みだってのによくやりますねえ」
「お前も『報酬』に釣られてノコノコやって来たんだろ」
「そりゃそうですけど。こんな面白い話が聞けるのなら、1日くらい休日を返上したって全然いいっすわ」
メンバーはこれで全員だ。
目的はジモン本人のリハビリである。本当に例の魔法だけで怪我が跡形もなく治ったのかを確認する必要があると感じたからだ。
それに最近、少しばかり自身が弱体化したようにも感じる。気を引き締めていくべきだ。
「報酬も良いが、本来の目的は俺のリハビリだ。忘れるなよ」
「了解、エルヴィラさんにお任せ!」
「本当に役に立つんだろうな。集めておいで何だが……」
「それよりもジモン、報酬は先払い? それとも後払いにする? でも、先に腹ごしらえが必要だと思うわ」
時計に目をやる。
午前11時より少し前。微妙な時間に集まってしまった。えらく楽しみにしているエルヴィラが更に言葉を並べ立てる。
「楽しみね、ジモンがグロリアと出会った時の思い出話!」
「……お前、本当にそういう話が聞きたいのか? まあ、減るもんでもないから構わんが……」
ここでエルヴィラに加勢したのはやはり同じ報酬に釣られてやって来たジャスパーだった。
「気になるでしょ。何で自分よりずっと歳が下の小娘に着き従っているのかとか! 俺以外にも正直気になってる人、一杯いると思いますよ」
「今、お嬢の事を小娘と言ったか?」
「いや、言葉の綾ね……。恐すぎなんだよな、食いつき方が」
溜息を一つ吐いたジモンはソファから立ち上がった。
「飯を食いながら話す」
「そうこなくっちゃ! 楽しみだよねー、エルヴィラちゃん」
「とっても楽しみだわ! グロリアもベリルも、秘密主義で何も教えてくれないもの」
――ベリルさんはともかく、お嬢は話すのが面倒なだけだろ……。
しかし成程、ここ2人に過去の話をあれこれ聞くより比較的自分に聞いた方がお手軽なのは確かだ。
とはいえ、《ネルヴァ相談所》の中で最後に加入したのもジモンだ。そんなに深い過去はなかったりもする。
となれば次の標的はグロリア――否、ベリルだろうか。
グロリアから話を聞き出そうとすれば、1日どころか数日かかる可能性も否定はできない。お喋りを好まないのだ彼女は。
彼女の《相談所》加入経緯は最早、ベリルの口から説明されたと言っても過言ではない。ほぼ無口な彼女の通訳状態だったのは今思い出しても異様な光景だった。
飲食スペースに移動し、適当な食べ物を購入。
各々が適当な椅子に腰かけたのを見計らって、エルヴィラが場を仕切り始めた。
「それじゃあ、お話よろしくね。ジモン!」
「はあ……」
当時の事は今でも鮮明に思い出せる。
大体、4年前だろうか。
***
イーランド自然公園の奥地。
人里が面する入り口や浅い場所には人の手が入ったり意外と賑やかなものだが、この森へ深く深く潜ると途端に薄暗い過去や脛に傷を抱えた人間が増え始める。
かくいうジモン・ヴァフロスもその中の一人だった。
「これで全部か? 酒ばかりだな。逃げた商人はどうした?」
倒れた馬車はまさに宝箱だ。
どうやら乗っていた商人は横着して森の深部を横断しようとしたらしい。愚かな事だ。そうやって危機管理能力が欠如したものから――この通り、盗賊に襲われるのである。
ジモンの問いに名前も知らない男が応じる。変な筋肉の付き方をしている、細い男だ。
「どこへ行ったか分かりませんね。離脱用の魔法でも持っていたのかもしれません」
「逃げられたのならそう言え」
「へへ、すんません。へへへ……いやあ、上等な酒だ、ははは」
「金目の物はなかったのか?」
「酒とつまみもありますぜ」
「食料品だけか……変わった積み荷だな。まあ、いいか。拠点へ運べ」
職業は盗賊。
特に団には拘らず、騎士団に目を付けられたら離脱し別の盗賊団へ。そんな事を何年も繰り返している。
「いやあ、ジモンさんがいると簡単で助かりますわ」
「そうか」
「へへへ、また出る時は呼んでくださいよ。アンタと一緒ならしょっ引かれる心配もないんで」
――誰が行くかは俺が決める事じゃないがな。
無論、団を転々としている身の上。ボスだの何だの、統率する側の人員ではないのだ。つまりゴマをすっても無駄である。