28.忘れ物(1)
***
隣町に到着した。
そして到着するなり、アリシアが別行動を言い渡す。
「それじゃあ、私は忘れ物を取りに行って来るよ。ついでに馬車も雇っておくから、2時間後くらいに落ち合おう」
「一人にしていいんだな? 誰もお前に付いて行かないっていう認識で合ってるよな?」
念を押すように尋ねるベリルに、依頼人はあっさりと頷いた。
「大丈夫。ここで何か起こったとしても私の責任だと思ってくれて構わないよ」
「分かった。なら適当にこの辺で時間を潰しておくとする」
時間が押しているのは事実らしく、アリシアは足早に雑踏の中へと去って行った。
あの魔法を使った戦闘力を見るに問題はないだろう。グロリアは久しぶりに開放され、ぐぐっと大きく背伸びをした。体力以前に精神の摩耗が凄い。
「あそこ、イイ感じの喫茶店ありますよ。入ります? 喉も乾いちゃったし」
「それもそうだな」
ジャスパーの一声により、手近にあった店へ入る。
各々が飲み物なり軽食なり頼み、必然的に何とも言えない沈黙が訪れた。思えば何とも微妙なメンバーである。会話が弾むイメージが全く湧かない。
ここで重々しくベリルが口を開いた。
「グロリア……あの小娘、本当にお前の知り合いじゃねえのかよ。ピーチク煩過ぎるだろ」
「全然知らない人」
「恐いんだよな……初対面であの距離感? しかも無視されようが全然怯まないし」
ベリルにとって、アリシアは既に警戒対象に入っているようだった。当然である。
こういった事に興味があるのか、クスクスと笑っていたジャスパーが自然と会話の輪に加わった。
「ああいうの興味あるなー。少なくともアリシアさんの方は、グロリアちゃんを特別に扱っている訳じゃないですか。忘れているだけで、どこかで繋がりあったりしません?」
少なくとも、と運ばれて来たコーヒーにミルクを垂らしながらベリルが何故か応じる。
「俺と一緒にいた期間ならあんなのと知り合った記憶はない」
「それってどのくらいの期間なんすかね?」
「10年」
「なっが! それもう、グロリアちゃんが小さい頃から知ってるってこと?」
「長命種となら、こういうのもよくある事だろ。だからつまり、村に住んでいた頃と《相談所》解体後の2年で思い返してみろよ。グロリア」
村にいた期間をまず思い返す。記憶の中に彼女の姿はない。
何よりグロリアより幾つか歳が上のように見受けられた。彼女がヒューマンである事を鑑みるに、その期間に会うのは厳しいだろう。
であれば《相談所》解体後はどうだろうか。
いや、やはりあのようによく話しかけてくる依頼人と当たった事はないはずだ。勿論、《レヴェリー》の元職員でもないだろう。
「――やっぱり会った記憶はない」
「そうか。まあいいや、あいつからの依頼なんて二度と受けるなよ。あれはたぶん、深入りしたら駄目なやつだ。ジモンを治療している所を見て確信した。人の皮を被った別物かもしれねえ」
「私もそうした方が良いと思う」
「ええ!? 折角面白そうな子だったのに」
ジャスパーは少しばかり残念そうである。彼はあまりアリシアと行動していなかったからそう思えるだけで、十分ヒューマンの枠を逸脱した危険人物だ。積極的に関わるべきではない。ノーマンが護衛を依頼した時点で分かり切っていた話ではあるけれど。
そういえば、と声を潜めてジャスパーが荒唐無稽な噂話でもするかのように口を開いた。
「魔女が実在しているって噂、知ってます?」
「魔女? 御伽噺の中の存在では?」
膨大な魔力を持ち、魔法式を第二母国語として扱う――
そんな怪談の一種、存在しない種族。多くの御伽噺では主人公の前に立ち塞がるヒールもしくは、手助けしてくれる初老の女性として描かれる事が多い。
「それが違うんですよ、グロリアちゃん。実はこの魔女が王城の顧問魔導士で、一般に流通する魔法式を選定しているなんて噂がかなり前からあるんですよね」
「魔法式を?」
「そう! 俺等って魔法式見たって何の魔法か分からないじゃないすか。でもこの魔女達は魔法式が母国語だから、自由に読み書きできる――とかね!」
そういえば確かに魔法式がどこから来たのか詳しくは知らない。魔法石なんて生まれた時からショップへ行けば普通に購入できたわけだし。
「……そうなんだ。どうして急に魔女の話を?」
「あの手際の良い魔法の扱いを見て、ふと思い出したんですよね」
その辺でやめておけよ、とベリルが会話を強制的に止めた。
「あまりそういう事に首を突っ込むな。魔女っていう種族が存在しているのは事実だ。王城がそれを囲っているかまでは知らないが」
「ええ!? どこ情報すか?」
「お袋。面識もありそうだから、聞けば何か分かるかもな。まあでも、魔女のベースはヒューマンだしもう天寿を全うしていそうだが……」
「もしかしてベリルさん、やんごとなきお方だったりします?」
「おう。頭が高いぞ」
「うっす!」
ベリルの母――モルガナには会った事がある。ベリルの里帰りに付き合った時に何度か。豪快な御仁だった記憶がある。
本当に魔女が存在する上、魔法式が読めるのならば村から持ち出したあの魔弓について見て貰えないだろうか。扱い辛い。
「魔女、魔女ね……。そういえば今思い出したが、魔女は片目が魔眼だ。この魔眼で魔法式の読み書きを可能にする。勿論、目に纏わる魔法を持っているから見られただけで即アウト――みたいな事もあり得るらしいぞ」
「それって見分ける方法とかあります?」
「魔力が魔眼に集中する関係で、左右の瞳が色違いに見える。だがまあ、魔女も馬鹿じゃない。普段はどちらかの色に揃えるのがセオリーだろうな」
「ふぅん、へぇ……面白い話聞いちゃいましたね」
ジャスパーは楽しげである。