27.護衛対象(4)
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馬車へ戻って来たグロリアは絶句し、ジモンを見下ろした。
馬車の搭乗口に腰かけている彼の怪我は重傷だ。ベリルによって止血されたらしいが、それでも病院へ行くべき怪我である。放置して治るようなそれではない。
「大丈夫じゃなさそうだね、ジモン」
「いえ、すんませんお嬢……。下手うっちまって」
――思ったよりもいやらしい連携の魔物が多かった。絶妙に不快なあの感じ、噛み合っているメンバー編成……少し恐くなってきちゃったな。
経緯を聞くに、その操者達も恐ろしい。
人体実験の犠牲者か? などという突飛な妄想が脳裏を巡るくらいには意味が分からない事態だ。
連れて帰って来たアリシアもまた、ジモンの怪我を見て「わあ」とさして興味も無さそうな驚きの声を漏らしている。
「グロリアが困るのなら、私が治してあげようか? 病院へ行くとは言っても、治すのに時間も金も掛かりそうだからね。それに君、私の護衛なんだよね? 任務の続行が難しいかな、その状態」
さっきまで魔法を連発していたはずだが、この重傷者を治療するだけの魔力は残っているのか。そもそもその技術はあるのか。
疑問は尽きないものの、彼女がかなり胡散臭い存在に思えてきたので黙って泳がせてみる事にする。経験上、グロリアが被害を受けるような動きはしないらしいので。
「ジモンはパーティの勤勉な働き手……いなくなると困る。それに痛そう……」
「なんて優しいの、グロリア。お姉さんが治してあげるから待っていてね。という訳だから、早くその腕を出してくれるかな。時間が押しているし」
「えぇ……?」
胡乱げな表情をしつつも、アリシアではなくグロリアの提案に従う形でジモンが腕を差し出す。包帯が巻かれて手当は終わっているものの、邪魔だったのかアリシアが容赦なくそれを剥がしてジモンへ返した。
やはり装備品を入れ替える様子もなく、患部にやんわりと手を翳す。漏れ出る淡い緑の光は《治癒》魔法で相違ないだろう。
驚異的なのはその治癒速度だ。みるみるうちに治癒――否、これは最早修復という言葉が相応しい。そしてガンガン燃やされているであろう魔力を遠巻きながらも感じる。やはり胡散臭いクエストだったな、とこの瞬間に確信した。
「よし終わり。じゃあ、それでグロリアの為に励んでよね」
「助かった、ありがとう」
怪訝そうに眉根を寄せたベリルが、ジモンへと近寄り今し方修復した腕をかなりの力で掴む。
「……何ですか、ベリルさん」
「痛いか?」
「いいえ。これもう、もしかして病院へは行かなくていい……?」
「動かしてみろよ、その腕を。違和感は? 骨ってか神経でもやってそうな気がしたんだがな……」
「問題ありませんね。このまま得物も振るえそうです」
「……へぇ。まあ、不都合はないならいい」
なに、とアリシアが不愉快そうに鼻を鳴らした。
「私の魔法に何か文句でもあるのかな?」
「無いから恐い、つってるんだよ……。いやいい、護衛対象の身の上なんざ知らん」
――この依頼、長引かせたくないな。
半ば強引に話を元に戻す。早く隣町へ行き、引き返さなければならないのである。
「ここからの移動はどうする? 馬と御者がいなくなった」
「歩きでどのくらいかかるのかにもよるな」
「1時間くらいじゃないかな。この林は隣町からそんなに離れてはいないはず」
「じゃあ歩きだよ。ジモンはどうする? 大事を取って返すか?」
この辺の地理に明るいのだろうか。ジャスパーが有益な情報を口にする。
「隣町とは方角が違いますけど、近くに小さな村ならありますよ。そこでジモンさんには待機して貰って、帰りに雇った馬車で拾って帰ればいいんじゃないすかね」
「それがいいかな。先輩、一応ジモンに付いていてくれませんか」
エルヴィラがあっさり指示を了承する。
「任せて! まあ、介護されるのは基本私だけれど」
「おや。私の魔法で完璧に治っているはずだから、そんな配慮は必要ないと思うけれど。まあ、いいや」
アリシアが若干不服そうだ。護衛が減る事には言及しておらず、魔法の精度についてだが。変な軋轢を生みたくないので、舌足らずながらもグロリアはフォローを挟んだ。
「ジモンは今後、このクエスト以外にも日常的にクエストを受ける事になる。後遺症なんかが残ると困る」
「そう? 君の優しさでそういう判断に至ったのなら、尊重するよ」
――もうこの人、私が何を言っても無理矢理肯定してきそうだな……。
非常に恐ろしい事実にゾッとした。本当に何なのだ、開幕からこの調子なのは意味が分からない。
「リーダー。エルヴィラちゃんに村への道を教えましたよ。そろそろ出発しますか」
「うん。行きましょうか」
ようやくの再出発だ。戦闘後、まさか1時間も歩かされることになるとは。
アリシアの体力は一般ヒューマンのそれと変わらないので若干心配である。とはいえ、心配したところで馬車も動かせないしどうしようも出来ないわけなのだが。