24.護衛対象(1)
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「ねえねえ、これからどうしようか、グロリア? 暇だし、お姉さんとお喋りしようよ」
――お喋りしようも何も、ずっと喋ってるじゃんこの人。
グロリアは森の中をアリシアと2人で歩きながらこっそりと溜息を吐いた。今の所、襲撃者の影はない。ベリル達が相手をしてくれているのだろう。
しかし取りこぼしが出て来る頃合いだ。用心するに越した事は無い。
「グロリア、好きなスイーツは何? それと――」
「……息切れしているみたいだから、もう少し大人しく」
予想はしていたが、アリシアにはヒューマン女性の平均程度の体力しかないようだ。この足元が悪い森の道なき道を進むだけでも疲れるだろうに、延々と世間話をしていればそうなる。
休憩を挟むべきだろうか。丁度、目の前に開けた空間がある。
「少し休憩しよう」
どうせ歩き続けても追いつかれる時は追い付かれる。馬車に戻る事も考えれば、遠くへ行き過ぎない方が良い気がしてきた。
基本、グロリアの意見に異を唱えないアリシアは満面の笑みで提案に乗っかって来た。
「そうしようか。ああ、私、敷物を《倉庫》かどこかに入れていたような」
ピクニック気分すぎると思ったが、直に地面に座れば衣類が湿りそうなので助かる。腰を掛けられそうな大きな石なんかも見当たらないし。
人が4人くらい座れそうなシートを取り出したアリシアが、それを地面に広げてくれた。
「ありがとう」
「当然さ、グロリアに不便をかけさせたくないからね」
どこまで本気なのか分からない発言を聞かなかった事にし、ようやく座る。
そんなに立って動いていた訳でもないのに、どっと疲れが押し寄せてくるようだ。
――みんな、大丈夫かな……。
特にジモンとエルヴィラが心配である。ジモンは車酔いでダウンしていたし、エルヴィラとは別れてしまった。誰かがきちんと見ていてくれるといいのだが。
一方で命を狙われているアリシアはと言うと、緊張感もへったくれもない。
ニコニコと笑顔で無限に話しかけてくる。どこにその大量の会話の引き出しはあったのか。コミュ障には理解できなさすぎる。
「……ん?」
複数の足音。折角休憩しているというのに、このタイミングで何か来たようだ。
「どうしたの、グロリア?」
「誰か来た」
「さっきの襲撃者かな? お姉さんに任せて!」
――いやだから、あなたは守られる側!!
足音の数と質的にパーティの仲間ではない。獣のような足音を立てる者はいないからだ。
休憩終了。グロリアはシートを避けるように立ち上がった。
何故かアリシアも付いてくるが、離れた所に立たれるのも危険だし一旦保留とする。
「見えた。あそこだよ、グロリア」
さすがにこの距離まで近づかれれば言われなくても分かる。
これは馬車襲撃時にはいなかった面子なのではないだろうか。現れた方向的に、襲撃とは別のメンバーを待機させていたようだ。他人の顔をなかなか覚えられないし、魔物なんて個体の区別がつかないから何とも言えないけれど。
人間が2人。いずれもヒューマンで男性だ。様子がおかしい。どこか上の空で、ぶつぶつと何かを呟いている。
変異種は全4種の豪華さだ。
先程も倒したハントベアー鋼装甲版。最早説明も要らないし、倒し方もシンプルなので恐れるに値しない。
そして本来なら寒い場所にいるはずのユキジカ。氷の魔法に似た自然現象を起こしてくる。魔法式不要だが、使用しているのは恐らく魔力だろう。魔法を処理できない人員が当たると辛い相手である。
カサカサと地面を這いまわる毒トカゲ。子供を横に倒したくらいの大きさがあり、身体が毒の粘液で覆われている。触らなければ無問題。素早いのと等身が低いせいで魔弓矢で狙い辛いのが難点だろうか。
最後に金色の毛に覆われたウルフ。大狼さえいなければ烏合の衆で、眼前には2体しかいないが大丈夫だろうか。一番インパクトに欠ける。
魔物の群れを見たアリシアが息を呑み、目を細める。
「大丈夫よ、グロリア――お姉さんが守ってあげるからね!」
――逆!!
変な事をしでかさないか本当に心配だ。彼女に傷一つでも付こうものなら、ノーマンから何を言われるか分かったものではない。
しかし、アリシアはやる気満々だ。いつの間にかその手には杖を持っている。
大きな魔法石は付いていない。というか、ただの石ころが付いているように見えるのだがその杖は大丈夫か?
威力の低い魔法の命中精度を上げる為なのか、先端が緩く尖っている。槍ではないので、これで突き刺して対象を攻撃する事は出来ないだろう。
「グロリア、私の心配はしないで。大丈夫。近距離は厳しいけれど、中衛は得意だからさ。こうしてこの辺りから魔法で横槍を入れるよ」
「それはいいけれど、魔法石を持っているように見えない」
「……。……ああそれね、それは服の下にあるんだよ。腰回りあたり」
探せばありそうな装備だが、戦闘中の装備交換が面倒臭そうである。もしかしたら、付替えはしないスタイルなのかもしれないが。
数も多いので彼女が味方に誤射する腕前でなければ手伝いは有難い。魔法の命中精度が滅茶苦茶であった場合は、申し訳ないが下がっていてもらおう。