22.全員ほぼ他人(4)
本当に魔物2体を埋め立てしたジャスパーに、ジモンは首を傾げた。
「確かに魔物は埋まったが……こう、もっと工数を減らせなかったのか? 魔力の無駄遣いのように見える」
「きっびしー!! いや、俺だって魔弓とか扱えるならあの触っちゃいけない魔物を遠くから攻撃できたんすけどね」
言いたい事は他にもあったが、頭上を何かが飛んで行った事に気付き、視線を上げる。
どうやら観戦に徹していたエルヴィラが使用した魔法だが、いったい何を――
「あ、もしもしグロリア? 今ちょっと蜘蛛の魔物に印を……そうそう。大丈夫、木の上にいるから誰も射線上にはいないわ! え、高さ? 私を縦に2人並べたくらい――」
《通信》を使用していたエルヴィラが言い終わるか終わらないかくらいのタイミングで、獣人の目を以てしても残像しか捉えられない魔法の矢が飛来。
エルヴィラによるアシストの賜物なのか、寸分狂わず大蜘蛛の胴体を射貫いた矢はそこで止まらず後ろの木に数本綺麗な穴を空けた。何という貫通力だろうか。彼女の用いる矢はその時々によって威力が異なるので何度見てもイマイチよく分からない。
抵抗する暇もなく絶命した大きな蜘蛛が木から剥がれ落ち、地面に激突する。
一部始終を見ていたジャスパーが心底引いたように溜息を吐き出した。
「えぇ……? リーダー召喚とかアリな感じっすか? え、あの感じで割とこっちも手助けしてくれるの? グロリアちゃん。というか、意外と余裕あるのか向こう」
「私ではなくグロリアが倒してくれたわ!」
「ああうん、見てたけどさ……」
――そんな事よりも操者だ。
確かヒューマンらしき男が魔物を引き連れていたはずだ。こいつも捕まえておかなければならない。
周囲を見回し、操者の姿を捜す――てっきり逃げたかと思っていたが、何故か最初の位置に突っ立ったままだった。
何と言うか、それどころではなかった為無視していたが、様子がずっとおかしい。
魔物に指示を出す訳でもなく、ただ黙って立っているだけ。こちらへちょっかいも出してこないし意味が分からない。
ともあれ捕まえて話を聞けば何か分かるかもしれない。
ヒューマン相手にあの大斧を振り回す訳にもいかないし、相手も手ぶらなので徒手空拳で対象に迫る。
向かって来ているのを視認しているはずなのに、やはり操者は微動だにしなかった。
その投げやりな姿勢、そもそもどこも見ていないかのような佇まいには警戒心が勝るだろうか。
「おい、お前――」
大人しく投降しろ、そう言い掛けた刹那。
ようやっと操者が身動ぎした。伸ばしかけていたジモンの手を思わぬ力で振り払う。
――通常であれば。
男性とはいえヒューマン如きの腕力では、獣人男性の腕を振り払う事など不可能だった。赤子の腕がぶつかった程度の衝撃でしかないからだ。
だが今回は異常だった。
振り回された腕の力は、同じ獣人と相対した時くらいの重みがあった。
「……!?」
視認出来ている情報と、今起こった事象の情報が噛み合わず思考が一瞬だけフリーズする。これはヒューマンに出せる力ではない。
その数秒の混乱により、ジモンの行動が少しばかり遅れる。
いつの間にか男はその手に切れ味の鋭そうなダガーを持っていた。《倉庫》を起動した様子はなかったので、服の下にでも隠し持っていたのだろう。
真っ直ぐに突き出された刃物をしかし、左腕で受ける。
やはり『思ったよりもずっと』強い力だったので凶悪な刃が腕を貫通し、それなりの大怪我を負わされた。
「ぐっ……!?」
話し合いの余地はない。
ジモンは咄嗟に残っていた右腕を振り抜いた。かなり加減はしたが、それでも男が吹っ飛ぶような威力の裏拳。反射神経はヒューマンそのものだったせいか、防御姿勢も受け身も取らず転がって行った男は木に激突しそのまま動かなくなった。
感触的に頭蓋が砕けたりはしていないはずなので、余程打ち所が悪くなければ生きているだろう。
「きゃーっ!?」
高めの悲鳴――これはエルヴィラだろうか。
騒ぎに気付いた彼女が、刺さっているダガーを見て顔を真っ青にしている。
遅れてやってきたジャスパーはやや困惑気味だ。
「うわ、手酷くやられましたね。え、ヒューマン相手に油断でもした感じ?」
「いや油断というか……」
起こった一連の出来事を手短に説明。
その間に刺さったままの刃物を慎重に抜き取った。骨を通る感覚。額に脂汗が滲むが、このままにしている訳にもいかない。
垂れるように流れ落ちる鮮血を見て、ジャスパーが頭を振る。
「それそのままにしてたらマズイですよ。というか、腹減ってきたなあ……。俺は魔力切れで《治癒》に裂けるリソースがもうないな。エルヴィラちゃんはどう? 魔法石ないなら俺、貸すけど」
「一応、魔法石はあるけれど……《治癒》魔法のセンスないのよね、私。血を止めるくらいなら何とか出来そうな気もするけれど」
「分かる~。コツいりますよね、あれ」
「取り合えずジモン、その腕を貸して。やってみる!」
「すまん、頼む」
放置できない大怪我だ。大人しく腕を差し出す。この2人以上に、自分には《治癒》のセンスはない。魔力もない。
「ジモンさんさあ、一口だけ味見してもいい?」
「お前、そんなに貧窮しているのか? 駄目に決まってんだろ」
「そこまで貧しくはないんですけどね。いや、なんだろ……普通の獣人の血とは、違う匂いがするもんで。気になっちゃって。というか通常個体より魔力多いですよね。それと関係あるのかな……」