18.適材適所が下手(3)
絶対に罠であるスライムの先行処理だがしかし、一度その罠を踏んでみた方が良いだろう。
ベリルはそう結論付け、その手の中にバックラーを出現させた。中央に鉛の球体がある、それなりに重いバックラーだ。例えばこのような重さの盾は同じ前衛でもグロリアは使用しない方が多い。
無論、バックラー本体の用途でも使える。その上で、この小さな盾の裏には《ミラー》の魔法石を装備してあるのでタイミングさえ誤らなければある程度の魔法を反射可能。普段使いに《防壁》も持ってはいるので検証用の装備としては有用だろう。
「検証は大事だからな」
呟きつつ、《水撃Ⅰ》を3回重ね掛けする。Ⅱ以上を取り出すのが面倒だった。
案の定、呑気に水魔法を生成していると言うのに樹精霊は勿論の事、ウルフ3体も阻止に動く様子が無い。こういうところが水魔法を使わせたがる誘導にしか見えないが――さてどうだろうか。
それなりの質量になった水球を位置指定し、スライムを包み込む。
普通のスライムであれば、一定量の水で溶け消えるという性質を持つが――
「水は効かなくなったのか。じゃあもう、スライムとは別の魔物だな」
一向に溶けない。どころか大暴れして水球を割り、周囲を水浸しにしてしまった。小さな水溜まりが幾つか生まれ、土が嫌な感じにぬかるむのを見て眉根を寄せる。ブーツが汚れるので勘弁してほしいものだ。
瞬間、樹精霊とウルフが動きだす。やはりこの水魔法を待っていたのだろう。
樹精霊が身体を震わせると、途端に紫電がまるで雨か火花のように周囲に降り注ぐ。ついでに魔法で生成された雷の棘らしきものも飛ばしてきたが、これはバックラーの《ミラー》で反射。ラケットか何かで魔法を弾き返す要領で飛び掛かる姿勢に入っていたウルフへ。樹精霊は見た目からしてこの魔法を吸収しそうなので返すだけ無駄だ。
しかし、反射したこの魔法はウルフに全く効果がなかった。
同時、樹精霊が撒き散らした木の葉にも見える紫電が地面に到達。それなりの勢いと威力を持って水場を紫電が奔った。これは展開済みの《防壁》で防御可能。
更に追い打ちを掛けるようにウルフ3体が動き出した。この状況で《防壁》を破られれば死活問題だ。これは防御魔法に触れられると即アウトなので、風魔法を炸裂させ足止めと後退を行い、更にベリル自身もウルフのタックルに対処できるよう距離を取った。
――大体どういうつもりでこの魔物のラインナップなのかは分かった。
3種の魔物は大なり小なり雷撃系魔法への耐性を持つ。地面が水浸しになったら樹精霊が本領発揮して床を電気床に変えるという訳だ。ついでに《防壁》破壊用の犬3匹もいるのでそれを常に注意する必要もある。
そして勿論、一番面倒臭いスライムは水耐性を獲得。どの魔法が効くのか端から試す必要性が出て来た。超面倒臭い。
《防壁》を二重展開し、極力事故が起こらないようリスクヘッジに努めたところで、ベリルは一旦思考をクリアにした。
人間2人は電気床に突っ込んできたりはしないだろうし無視だ。
よく考えられた編成だ。ド素人が当たれば地面が電気床になった時点で詰むというか、《防壁》破壊犬が出た時点で詰みそうである。
うっすらと笑みを浮かべたベリルはバックラーを仕舞った。ウルフに接近されると《防壁》を破壊されるので、そもそもバックラーを振るう位置にまで来られると終わりである。
代わりに新たなアクセサリーをフリーの左手に装着、手には細長い杖を持った。
杖に装着された《水撃Ⅳ》を起動する。それと同時に《風撃Ⅱ》を2回起動。これらを混ぜ合わせれば自然には存在しない氷魔法へと変容する。
「ま、結局はこういう事だよな。お疲れ」
混ざり合った二つの魔法が地面に着弾、広域を薄く氷の張った地面へと変えた。
流石に素早いウルフは巻き込めなかったが、スライムは完全に氷漬けに。樹精霊は根を深く氷漬けにする。
落ちて来る紫電は水を伝う事無くパチパチと所在なさげに光を漏らしている。
こんなものすぐに解けるので氷が緩む前にさっさと残りを処理すれば終了だ。
健気にもまだ《防壁》を破壊しようと3体まとめて突っ込んで来たウルフの1体を《風撃Ⅱ》による不可視の刃で真っ二つにする。
その隙に両脇から襲い掛かって来た1体が《防壁》を溶かし崩した。足を止めている間に、もう一体の鼻っ柱に《水撃Ⅳ》の膨大な水を浴びせかけ、包み込んだ。《防壁》を破壊する任務を完了した残りの1体は竜人の強靭な脚力から繰り出される蹴りで地面に転がし踏み壊す。
次、その辺に落ち葉よろしく紫電を撒き散らしていた樹精霊だが、これは根が凍り付いてしまったせいか既に弱体化しているようだった。嬉しい誤算である。
杖を持ち替え、《火撃Ⅳ》で消し炭に。心なしかよく燃えた。山火事など重大ミスも良い所なのでのんびり消火活動に勤しみ、そしてようやく氷漬けになっていたスライムへ向き直る。
処理が面倒である。
――とりあえず割ってみるかな。
行儀悪く杖の柄でスライムごと氷を叩いて割ってみた。
「おお……? これは水魔法が効いてない訳じゃねえのか」
拍子抜けするようにあっさり、スライムは復活する事もなく地面の染みとなってしまった。水魔法が効かないわけではなく、包み込む所要時間が多くなっただけらしい。いつもなら綿あめを水に浸したみたいに一瞬で溶け消えていたのだが――流石の改造魔物でも大きすぎる弱点を克服するには至らないという訳か。
「――よしよし、次はお前等の番だ」
それまで黙って事の成り行きを見守っていた操者2名に視線を移す。
とはいえ、何だか小鹿のように足が震えていた。逃げ遅れて樹精霊の魔法により軽く感電したのかもしれない。
「ヒッ……ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃなくて……!」
心底怯えている獣人に先程の意趣返しの意味も込めて言葉を返す。
遊んでいる場合でもないので、《通信》をジモンへ繋ぎながらだ。
「何だっけ、俺の角を売り払おうとか言ってたかな。お前等も一応は綺麗に皮を剥いで鞣して、中身のパーツと分ければ俺の角の半分くらいの金額にはなりそうだな」
普通に冗談である。
腰を抜かした2名を適当に小突いて気絶させ、既に《通信》に応じていたジモンへ声を掛けた。