17.適材適所が下手(2)
個人的に一番扱いやすく、割と何にでも対応できるし狭い場所でもそこそこ使える――片手剣を《倉庫》から取り出した。
やはりよく振るう武器は量産品などでは駄目だ。
ネルヴァの所長がそう言って随分と昔に買い与えてくれた、それなりに良い剣。でもそろそろ買い替え時かもしれない。
頭の片隅ではそんな事を考えながら、ベリルは敵の配置を視界に収めた。
この先へ行かせないのが彼等の役目なのだろうか。それとも気が利かないだけか、一か所に固まっている。
獣人の女が既に装備済みのクローを構えながら口を開いた。
「始めよう! もし倒せたら、角くらい持ち帰っていいかもしれないよ?」
「そのくらいあってもいいよな。ま、闇ギルドではなるべく一回で金を貯めて変な依頼を受けないようにするのが生存戦略だ」
「ええ!? もうかなりヤバそうな依頼をこなしているのに、今更!?」
「……」
ヒューマンの男が渋い表情を浮かべながら腰の細剣を抜く。
ざっと各々の装備を見たが、あまり魔法は使わない面子だと伺える。獣人は言わずもがな、ヒューマンの方もジャラジャラとアクセサリーの類を付けているようには見えないし、《倉庫》に武器収納もしないタイプのようだ。
気を取り直したかのように、男が指笛を吹きウルフへ指示を飛ばす。やはり、人間如きの命令を律儀に聞く魔物のようだ。
「行くぞ! ……って、ああ!?」
ウルフどころか、別の魔物も活動を始めてしまい男が困惑したような声を上げる。
やはり彼等は与えられた魔物を完全に使役している訳ではないらしい。
だがそれは、決して魔物達が浮足立った行動を取り始めてラッキー――などという顛末にはならない。
ある程度の連携方法を叩きこまれて、その通りに行動しているのだろう。
まず最初に飛んできたのは樹精霊が放った矢状の雷撃だった。ほんのりと魔力を感じるので、自然現象には類しない。魔力で生成されているという事だ。
それは即ち、目の前の魔物は常に光魔法と水魔法の混合魔法を使用しているという訳であり、最早人間の下手な魔導士より優秀である。
「――ま、当たらなきゃ意味はない」
これを難なく《防壁》で受け止めた。小魔石で事足りた上、まだ効果が消えていないのを見るに大した威力ではない。
が、どんなに大した威力がなかろうと電撃だの雷撃だのは身体の内部に効いてくる攻撃だ。いかに強靭な竜人の皮膚であろうと地味にダメージが蓄積されるので受けないのが無難である。
《防壁》は展開されたまま、反撃を試みようとしたベリルへ向かってウルフが突っ込んでくる。
当然、壁にぶち当たりこちらまでそのタックルは届かなかったものの、このウルフが何故無防備に突っ込んで来たのか理由が判明する。
ウルフが《防壁》に触れた瞬間、壁の表面に無数の小さな穴が空いたと思えば即座に《防壁》が溶け消えた。
どうやら防御魔法に対する完璧な対策がそれなりの速度で術者に突っ込んでくる設計らしい。これもまた、ちんたら壁すら破壊出来ない人間よりもずっと優秀だ。
そして最後、この場にいる何よりも機動力に劣るスライムだったが、勿論その対策も取られている。
うにょうにょと地を這っていたそれが不意にその場から消えた――と思えば、いつの間にかベリルの足元に移動。これも魔法、それもギルドでも使われている移動系の便利魔法だろう。
危うく踏むところだったので、スライムから一旦距離を取る。
こいつを迂闊に踏めば足が無くなってしまう。否、そこまで柔な皮膚ではない。とはいえ、足の裏が焼け爛れて歩行困難になるのは間違いないのでやはり踏んではいけない訳だが。
「――成程ね」
よく出来たパーティだ、魔物でありながら。
樹精霊の電撃系魔法は受けてはならないので《防壁》へ常に気を配り、張り直ししなければならない。しかしウルフが全自動で突っ込んできてこの《防壁》を破壊してしまう。しかも、忘れた頃にスライムのトラップで踏めば詰み――
実に厭らしい作戦だと思う。この構成を考えたのも戦闘に精通した誰かではなく、やはり研究者だとか物事のロジックを第一に考える手合いのやり口にも感じられる。
これを永遠に繰り返されればいずれは魔力切れし、樹精霊の魔法を受けて昏倒、そのままトドメまで刺されるだろう。
一方で、魔物を引き連れていた闇ギルドもとい操者2人は魔物の連携が完成しているのを見て横槍を入れかねているようだった。
というか、獣人もまたスライムトラップを踏む危険性があるのでその場から動けずにいるのだろう。ヒューマンはまだ魔法や飛び道具で何か仕掛けてくる可能性があるが。
――まずは……このスライムを処理するのがセオリーだろうが、誘導されているようで触りたくねぇな……。
ちら、と足元を見やる。かなり遅い歩みではあるが、ベリルを敵と認識し徐々にその距離を詰めてきている様子だ。
こいつの等身が低いのも考え物だった。ヤツがどこにいるのかを確認する為には地面に視線を落とす必要がある。離れていればそこまでしなくても視界に入るが、近ければ近い程、視界から外れてしまい見失う恐れが常に付きまとうのがストレスで堪らない。