16.適材適所が下手(1)
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グロリアが護衛対象を連れてその場から離脱したのを見送ったベリルは、ようやく本腰を入れて目の前の襲撃者達の対処を開始した。
今からやるべき事はなるべくこの場で敵を処理し、グロリアへの追撃人数を極力減らす作業である。
「ジモン、戦闘だぞ。お前、車酔いが酷過ぎるだろ」
グロリアがいなくなってしまったので、頼みの綱はジモンのみだがダウンしたまま戻って来そうにない。
エルヴィラは言わずもがな、ジャスパーに至ってはどの程度使えるのかさえ定かではない。しかも真昼なので、その不死身性も頼れない。これで使えなかったらグロリアを説得して解雇してやろうと思う。
「あわばばば!? わ、私は何をすれば……!?」
「邪魔にならない所に立ってろよ……」
挙動不審エルヴィラはジモンの介抱を率先して請け負うつもりのようだ。
どのみち、戦闘で役に立つビジョンが見えないのでそれでいい。
「――……あー、俺は先にグロリアを追って行った手合いを片付けてくるから、まだこの場にいる敵の足止めをしろよ。ジモン」
駄目もとでダウン中のジモンにお願いしてみる。
意外にも彼はあっさりと指示を呑み込んだ。
「了解しました。ええ、ちょっとまだ気分が悪いですが……まあ、何とかします」
頭を押さえているが本当に大丈夫か。見兼ねたらしいジャスパーが努めて明るい声でこれまた意外にも自ら役割を担う姿勢に入る。
「あ、俺もジモンさんと一緒にここで敵の処理しますわ。エルヴィラちゃんの面倒もちゃーんと見ときますよ。ま、俺器用なんで!」
「そうかい。……変な事になる前に《通信》か何かで知らせろよ」
――正直。
非常に心配である。ジモンが万全の状態なら一も二もなくお任せしてしまうが、今回は状況が悪すぎだ。
しかしグロリアも一般人を連れて逃走している以上、ただ放置する訳にもいかない。
二つを天秤にかけた末、さっさとこの場から消えた敵を処理して戻ればいいという力業を信じる方向に落ち着いたベリルは、ようやっと囲いから姿を消した襲撃者の一部を追う為に踵を返した。
逃げる獲物を追うのは不得意だ。
こういうのはグロリアが上手いのだが、今回は逃亡する側へ回っている。ジモンも苦手という程ではないが、あの巨躯だ。こういった手狭な林などでは小回りが利かない。
「何だ、お利巧に俺を待っていたのか?」
あまり離れられるとどの敵にも追い付けず、ただ林の中を散歩する事になる。
そう危惧していたが、相手側が待ち構えてくれていたので捜す手間が省けた。少し離れて待機する事により、こちらに連携を取らせない算段だろうか。
ベリルはざっと敵を観察した。
ヒューマンの男1人、ヴォルフ族系獣人女が1人。
そして樹精霊――何だかパチパチと紫電が迸っている――1体、金色の毛皮を纏ったウルフ3体、じんわりと色を変える不定形の魔物・スライム。
なかなかバラエティに富んだ組み合わせだな、と思わず笑い声を漏らす。
見た事ある魔物達の色違い、変異種。
これだけ大量に引き連れているのを見るに、変異種を生み出す研究でも行っている何者かがいるのかもしれない。当然、魔物とは言え許可を取らないそういった研究は諸々違法である。
「ねえ、見て。竜人なんて生まれて初めてナマで見たけど――イケメンじゃない!?」
ふと獣人の女がそう言葉を溢した。
恍惚とした表情には嫌悪感が勝る。男も女も関係なく、ベリルにとってこういう手合いは警戒の対象だ。
一方で声を掛けられたヒューマンの男はベリルの面立ち――ではなく、その上。恐らく角を凝視している。
「そんな事よりあの角を見ろ。胡散臭いクエストを受けちまったが、あれ全部売ったら報酬の2倍……いや、3倍にはなるんじゃないか!? いやあ、馬鹿らしくなってくるね。真面目に依頼をこなすのが」
「宝石みたい。ペンダントに――」
聞いても無駄どころか気分が悪くなる内容に辟易とし、溜息を漏らす。
事実、竜人の角というだけで高値で売れるので晶角であるこの角などそれこそ3倍以上の値がつくだろう。
それにペンダントにする案も悪くはない。強力なお守りとして竜人の角は人気だ。実母などは実際に自分の角に魔法を練り込みお守りとしてヒューマンに渡したなどと言っていた。
とはいえ。
「金、金、金ね。下品な連中だ。人間っていうのはどうも、やはり好きになれない」
敵なので構わない。
こういう手合いが内部にいるのが最も精神的なストレスとなるのである。
5体3種の魔物に思考を切り替える。こいつらを始末し、ジモンかグロリアの様子を見に行かなければならない。
恐らく最も攻略が難しいのは樹精霊だろう。本来ならば大きな動く樹であるはずのそれは、葉が抜け落ち、枝からはパチパチと断続的に輝く電気のようなものを発している。迂闊に触らない方が良いのは明らかだ。
金ウルフは何が変わったのか見た目だけで判断が出来ない。毛皮の輝きが裁縫に使うような針のように見えるのだが関係はあるだろうか。
スライム――本来ならば半透明で意志も何もない、ほとんどクラゲと変わらないような魔物だ。通常個体には触れた生き物を溶かす性質を持っている。これらの処理は大量の水をかけて中和し溶かすだけだ。七色にうっすらと色を変えているので、もしかして魔法に準ずる能力を持っているのか?
――面倒だな……。樹精霊は水魔法を使えばそれに反応して厄介な攻撃をしてきかねない。が、スライムを殺すなら水魔法。そして足が速そうなウルフを常に気に掛ける必要がある……。
当然、魔物の処理に加えて人間も2人いる訳である。
どうしたものか、ベリルは一先ず《倉庫》を起動。無難な得物に手を掛けた。