14.依頼人が未知の人類すぎる(4)
しかし、そんな温い空気は長くは続かなかった。
危険物運搬疑惑について、ベリルが胡乱げな顔で言及しようとして――そして、その口を閉ざす。
視線はアリシアではなく、馬車の外を見ている。
「――馬車に何かが並走してきているな」
「奇襲かな」
護衛を受けた時点で、このような事が起こるのは想定済み。
グロリアは思考を切り替え、どのタイミングで馬車にストップを掛けるべきか考える。すぐにでも停めた方が良いのか、振り切れると期待するべきか。
が、意外にもベリルがすぐさま背後の御者へ馬車を停めるよう声を上げた。
「馬車を停めろ」
「は、はい……!!」
怯え切った男性の声と共に馬車が速度を落とす。
その間にグロリアはアリシアの手を引いた。自分から見て左側のドアからは見知らぬ男達が獣型の魔物に乗って追いかけてきているのが見えている。
右側には人影が無いのでこちらから一度降りるとしよう。
ここで一番心配なエルヴィラへ一応声を掛ける。
「先輩、私と一緒に馬車から降りましょう。後に続いてください」
「分かった!」
――先輩は……着地くらいなら自分で出来るよね?
出来なかったら困るが、ジャスパーも車酔いのジモンもいる。誰か気に掛けるだろう。
「アリシアさん、こっちへ」
「はぁい」
ウッキウキで腕を組まれた。
《倉庫》からあまり使わない装備群用のバングルを取り出し、即座に装着。流石に女性とはいえ人間一人を抱えて馬車から脱出し着地など無理なので、《軽量化》で荷物――否、依頼人を軽くする。
瞬間、蹴り破る勢いで馬車のドアを開け放ち外へ転がり出た。
転がり出た、とは言っても速度はもうかなり落ちている。思ったより少ない衝撃でアリシアを小脇に抱えたまま着地に成功した。
が、馬の脚にすぐには追い付けなかっただけで、襲撃者達はそれなりの頭数が揃っている。ヒトの数は少ないが、大量の魔物を引き連れていた。
彼等が背に乗っていた乗り物に類する魔物はそういう訓練を受けており、市場にも出回る馬の代替品なのだがそれ以外の魔物はどうやって手名付け、連れ歩いているのか。操者の類か。
「わあ! 凄くたくさんの魔物!」
ややあって、地上に降り立ったであろうエルヴィラの困惑したような声が耳朶を打つ。振り返れば、既に馬車には御者以外誰も乗っていなかった。
どうやら他の面々は襲撃者が多い側のドアから降りたようだ。他はともかく、ジモンは無事だろうか。かなり具合が悪そうだったが。
「グロリア、ありがとう! それで、ここからどうしようか?」
非常に浮かれた様子のアリシアにそう訊ねられ、返事を窮する。
どうしようかも何も、何故ちょっと楽しそうなのか。パーティメンバーだけの時に遭遇した敵ならば何ら問題は無いが、今回は護衛対象という荷物込み。彼女をまずは逃がさなくてはならない。
また、馬車を失うのは悪手だ。御者は既にどこかへ逃げてしまったのか姿が見えないのだが、下手に動いて殺されると困る。ベリルは馬車の操縦ができただろうか?
「ねえ、グロリア。あれって変異種ってやつじゃない!?」
「先輩。恐らく全てそうです。今までははっきり体毛の色があり得ない発色だったりしましたが……今回の魔物達は微妙な違いしかないようですね」
「しかも操者も付いている? 人がチラホラいるわ」
「はい。操者だと思われます。ですが……どうして……」
この操者と変異種の一団は間違いなくこちらを――というか恐らくは依頼人であるアリシアに狙いを定めている。彼女と操者達に何らかの関係性があるのだろうか。
自然公園内部ならば通りがかりの馬車を襲撃した、と言われても納得できるが生憎とここは自然公園とは無関係の林道だ。
「グロリア」
ベリルの静かな声が静かな林内に響く。
「そいつを連れて、離脱しろ。この場は俺達で片付ける」
「分かった」
「エルヴィラはこっちにこい。お前までグロリアに着いて行ったら面倒を見切れない」
周囲の魔物を警戒しながら、エルヴィラが馬車内を通りベリル達の固まる場所にまでそろそろと移動する。
先輩が合流できたのを見届け、突破口を探し始めた。遠巻きに囲まれているのは火を見るよりも明らかで、どこかを一点集中突破が正しい離脱方法だろう。
対象の討伐がクエストではないので、極力人殺しにはならないよう努力義務が生じている。つまり魔弓で人間の頭蓋を撃ち抜いたり、周辺事爆破するなんて戦法は取れない。であれば好き勝手して構わない魔物が多いポイントから抜けたいがどうだろうか。
《倉庫》から魔弓を取り出す。
正面に鎮座する巨大な熊型の魔物を倒して直進が一番楽だろう。これは恐らくハントベアーという森林にいる危険な魔物だ。見た通りフィジカルに全振りした怪力ベアーである。一般人が近づけば確実に命を失うような熊だ。
通常のハントベアーと異なる点があるとすれば、両腕の発達した骨の装甲に凶悪な棘が生えている上、骨と言うか鉄製のようにも見えることくらいだろうか。正統に強化されている。
「あのクマをどうにかするのかな? お姉さんも手伝おうか?」
「え? いや……大人しくしていて欲しい」
「そう? グロリアがそれでいいのなら、いいけれど。全然お姉さんを頼って大丈夫だからね?」
――あなたは護衛される側なんだって……。
まだ偉そうに座っていてくれた方が扱いやすいくらいだ。