12.依頼人が未知の人類すぎる(2)
「こんにちは」
やって来た女性はこの面子に怯む事もなく――というか、一切合切を無視してグロリアのみを対象としているかのようにそう挨拶した。
もしかして護衛対象でも何でもなく、初めてギルドに依頼をしに来た一般人でたまたま目が合った自分に声を掛けた? ふとそう思い、しかしそこに思い至ったからといってもどうしていいか分からずに硬直する。
そんなグロリアの様子をものともせず、彼女は更に言葉を並べた。
急な襲来者にパーティ内では如何ともし難い不思議な空気が漂っている。
「ノーマンから聞いていない? 私はアリシア。護衛をしてもらいたいのは私だね。よろしく、グロリア」
――ああ、ノーマンさんがちゃんと私達……というか、リーダーである私の事を伝えておいてくれたのかな!
合点がいくと同時、彼女が不審人物ではなく護衛対象・アリシアだと認識する。
そうなれば何も疑問など無くなったので、グロリアもまた無難な挨拶を手向けた。
「初めまして。私はリーダーのグロリア。今日はよろしく」
「そんなに硬くならないで。ね?」
「……」
距離が近い系の人のようだ、少しこういった手合いは苦手だが――
それを察したのか、或いは会話が続かないと思われていたのか。エルヴィラがするっと間に入ってくれた。
「アリシアさん、よろしく! ここに座って、早速隣町へ行く為の計画を立てましょう」
「おや、ありがとう」
自然にジモンとベリルをソファから追い出したエルヴィラがグロリアの真向かいに護衛対象と共に座る。当然の構図だからか、追い出された2人は眉間に皺を寄せはしたものの、特に抗議の声は挙げなかった。
一方で面白がったジャスパーが、何故かエルヴィラが先程まで座っていた場所――リーダーであるグロリアの隣を陣取る。パーティ加入初日にして随分と豪胆だ、尊敬に値する。
また、端に追いやられたベリルとジモンはと言うと、アイリスにもそれを取り巻く現在の状況にもまるで興味が無いようだった。
隣町へ行く為の順路について早くも話し合い始めている。依頼人を置き去りにする勢いだが大丈夫だろうか。
そしてその護衛対象――アイリスだが、怯えていたり挙動不審な様子はない。
護衛を依頼する以上、高い金を払って護衛されなければならない理由があるはずなのだがそれすら伺えなかった。まるで今から散歩ないし買い物にでも行くかのように肩の力は抜けている。本当に彼女の護衛は必要なのだろうか? 気が抜けてしまいそうだが。
「グロリア? ねえ、お姉さんとお話しましょ?」
「……!?」
折角、エルヴィラが相手をしていたと言うのにそれを貫通してアイリスその人が話を振って来た。
内心で緊張しつつも、これは指名クエストだと言い聞かせる。流石に先輩へ丸投げするのはまずいというか、依頼人とのやり取りも込みでクエストだから無視する訳にもいかない。
「では、隣町へ行く為の方法だけれど――」
「うん、それは馬車を手配してあるから平気。ところで今、身長は何センチになったの?」
「はい?」
珍しく素で声を上げそうになった。
――え、恐い恐い恐い、何で急に身長……? 身長制限がある馬車を手配してしまったって事? 何その理屈、無理がある……!
流石のエルヴィラも酷く困惑した顔をしつつ、何とかフォローしようとしたのか口を挟んで来た。
「えっ、人の身長とか興味ある感じ? アリシアさん。ちなみに私は――」
「あ、あなたの身長は別にどうでも。グロリア、最近新しいスイーツショップができたの。一緒にどう? 明日にでも。ああそうだ、隣町まで行くでしょ? 実は美味しいジェラートの店が――」
ここで事態に気付いたのか、驚愕した顔のベリルが乱入した。
というか、ジモンも唖然とその場を見守っている。
「は? 待て待て待て、何の話してんだよお前等。護衛のクエストだ、つってんだろ。ジェラートがどうとか言ってる場合か? その隣町に辿り着けないかもしれねえから、ギルドに依頼して護衛してんだろうが……」
「……ああ、そうだった。そう、隣町に行かないといけないんだった」
身を乗り出してまで何事かを捲し立てていたアリシアは白けたような、そんな顔をするとソファに座り直した。「何だこいつ……」とでも言いたそうなベリルの顔が状況の異常さを物語っている。
嫌な空気を払拭するかのように明るめのトーンでジャスパーが話を切り出す。意外にも気遣いが出来る男。
「えーっと、それでなんだったっけ? え、アリシアさん、馬車を手配してくれているんですっけ?」
「ええ。あと15分でギルドの前に到着する予定だね」
「もうちょっと早くそれを教えて欲しかったかな……。あーっと、じゃあみんなで仲良く場所に乗って出発、何かトラブルがあれば都度対応って感じでオーケー?」
「それでいいよ」
「おー、こんな適当な打ち合わせで大丈夫かな……」
依頼人本人があまりにも適当過ぎて、ジャスパーさえ困惑し始めている。
場は混迷を極めており、誰もがチラチラと視線を送り合って現状を説明しろとアイコンタクトを送っているようだ。
「グロリア」
再びアリシアが何らかのアクションを起こそうとした瞬間、鮮やかにベリルが先に声を発した。
「リーダーだろ、ちょっとこっちに来て確認しろよ」
「分かった」
隣のテーブルに移ったが、特に確認事項はなかった。
流石に異常というか、恐怖を覚えるレベルに達した依頼人の奇行を止めるという結論に至ったのだろう。
一先ず馬車の時間までは落ち着いた状態が確約された。