11.依頼人が未知の人類すぎる(1)
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翌日。
例の指名クエスト当日の為、グロリアは眠い目を擦りながら、朝一のギルドへと顔を出していた。
自分なりに早い時間に到着したはずだが、既にジモンとエルヴィラは到着している。適当なソファに腰かけて密やかに会話をしているようだった。というか、先輩が一方的にジモンへ言葉をかけているようにも見えるけれど。
「おはよう」
「グロリア! 早かったわね」
「おはようございます」
言いながらエルヴィラの隣に座る。
ノンストップな彼女はそれを皮切りにペラペラと話し始めた。朝から元気で何よりだし、気まずくならなくて丁度いい。
「聞いて、グロリア。今回の依頼が成功すれば、久しぶりの黒字なのよ。このままお金を貯めて、いつかは弟に手術を受けさせるの! ふっふっふ、私は運の良し悪しがはっきりしている方だけれど、このパーティに入れたのは幸運だったわね」
「そういえば、弟さんがいるんでしたね」
「そうよ。グロリアは兄弟はいないの? そういえば、家族の話をあまり聞いた事がないけれど」
家族。思い出を引っ繰り返してみるが、幼い頃に《ネルヴァ相談所》へと引き取られている事から分かる通り、血の繋がった家族と過ごした時間は極僅かだ。
「私は父子家庭且つ、兄妹は居ないはずです」
「そうなの? でも確かに、一人っ子っぽいかも!」
――一人っ子っぽいとは……?
それはどういう状態なのかを考えてみたが、終ぞ答えを得られなかった。
ここで完全にローテンションモードに入っているジモンへと、果敢にもエルヴィラが同じ問いを投げ掛けようとした。が、途中でふらりと現れたベリルにより話題が頓挫する事となった。
「おはよう。朝からうるさすぎるだろ、表までお前の声が聞こえてたぞ……。もっと静かにできねえのか」
「ご、ごめん……」
うんざりした調子のベリルへと挨拶を返す。
彼も彼でマイペースだからか、特に緊張した様子は見られない。大口のクエストであるにも関わらずいつも通りだ。
そんな竜人は周囲を見回し、そして眉根を寄せた。
「あの吸血鬼野郎と護衛対象は? 朝から来るってざっくり過ぎるだろ、ノーマンさん」
「どちらもまだ来ていませんね。ジャスパーの奴はどうします? 遅刻したら置いて行きますか?」
ジモンの無慈悲な言葉にエルヴィラがぎょっとしたような顔をする。
当然だ、人数が減れば戦闘面に難のある彼女が一番の被害を受ける事になるのだから。
だがここは、絶妙に要領よく足取りの軽そうな吸血鬼・ジャスパー。丁度その話題に差し掛かった所でどこからともなく姿を現した。
「ちょっとちょっと! 勝手に俺を置いて行かないでくださいよ、短気過ぎるでしょアンタ等」
「今どっから出て来たんだ、お前は」
「いやあ、俺は時間を守るタイプなんで実は一番に来ていましたよ。ロビーで寛ぐと面倒な連中に絡まれたりするんで、適当な個室で時間を潰してたんですって! エルヴィラちゃんの声が聞こえたから出て来たけど」
確かに、ジャスパーは外からではなくギルドの中から現れた。存外、時間にきっちりしているというのは本当なのかもしれない。
「全員揃ったみたいだね」
パーティの欠員はいない。ジャスパーが現れなければ本当に置いて行きかねなかったので助かった。
まさか本気で置いて行かれそうになっていたなどとは露にも思わないのだろう吸血鬼は、上機嫌に言葉を重ねる。
「元《相談所》の皆さんが集まると、俺を中堅ギルド員だと思って舐めてる連中も声を掛けて来なくなって助かるっすわ。押せば行けると思われてるの、超怠いんですよね」
悲しいかな、当パーティでまともに外部の者とコミュニケーションが取れるのはエルヴィラだけだ。《相談所》へ向けた言葉には誰も反応せず、気まずいばかりの沈黙が横たわっている。
唯一会話可能なジモンも、このどうでもいい世間話に応じる様子はない。コミュニケーション不全が目を覆う程に酷い。
「それで、護衛対象が女性って事しか分からないんですよね?」
このまま待ち続けるのが苦痛だったのか、ジモンが不意にそう口にする。
そう、護衛対象については女性という情報しか貰っていない。事実なのでグロリアは頷きを返した。
「それ以外は分からない」
「……向こうも依頼したパーティがどこの誰なのか、分かってないんじゃないんですか? 変な所で待ち惚けしていたりしませんよね、お嬢」
「確かに、向こうは私達の事を知らないかもしれない」
うんざりしたようにベリルが鼻を鳴らした。
「ハァ? 面倒臭ぇな……。いやでも、ノーマンさんともあろう吸血鬼がそんな初歩的なミスするか? 顔と名前くらい伝えてるだろ。護衛対象側に」
「あっ、グロリア見て。あの人じゃない?」
ギルドの出入り口付近を心配そうに見ていたエルヴィラが、不意に声を上げた。
反射的に指さされた方向を確認する。
成程確かに女性が立っていた。
グロリアより幾つか歳が上のようにも見える。左眼は医療用眼帯に覆われているのが特徴的だろうか。ブロンドの長髪を遠目から見ても美しく編み込んであるのが見える。青い瞳で中肉中背。
本当に護衛対象なのか判断できずにいると、ふとその人物と目が合った。
花が咲いたような笑みを向けられ、ああ多分依頼の人物だなと当たりを付ける。彼女は早足でメンバーの囲むテーブルにまでやって来た。