10.あれ本気で言っていたんですか?(3)
あとはベリルが断固とした反対の意志を見せる、などのトラブルが起きなければジャスパーをパーティに入れるが、果たしてどうだろうか。
半々くらいの確率かな、とグロリアは竜人へと視線を手向けた。
「どう、ベリル?」
「んー……。吸血鬼か。吸血鬼と言えば、生きていくのにかなり金のかかる種族だな」
――あ、駄目かも。金の話をしだした時はあんまり良い感情を持っていない。
金目当ての人間の恐ろしさを誰よりも知るベリルは、それらと切っても切り離せないような存在を嫌煙する傾向にある。
それを知らないのだろう、エルヴィラが呑気に相槌を打つ。
「へえ、そうなの? 知らなかったわ、私、ヒューマンだもの」
「吸血鬼は定期的に吸血鬼以外の血液を摂取しなければならない。ならこの血液はどこから調達するか……もうふらふら歩いているその辺の他人を襲って許される時代はとっくに終わったからな」
そりゃそうだ。パーティに吸血鬼がいないし、勿論《相談所》のネルヴァ所長が生き血を啜っているところなど見た事もない。というか、彼はああ見えて吸血鬼貴族なので金は持ち合わせていそうだ。
血液の調達方法について、苦々しい笑みを浮かべたジャスパーがあっさり答えを口にした。
「ま、輸血用パックとか買いますかね。あとは貧困吸血鬼を支えるボランティア団体が献血で集めたやつとか……。配偶者が別種ならそっちから貰ってるヤツなんかもいるけど。ご明察通り、金が掛かるんですよ。医療品はね、高いので。でも路上で人を襲う訳にもいかないでしょ?」
「そう。動物の血では食事にならないらしいからな。血は人間から集める必要がある。そして倫理的な問題で人体の一部を牧場か何かのように量産及び生産する事も出来ない。エンゲル係数ヤバそうだよな、お前等って。で? 定職にも就かず、何でお前はギルドで働いてんだよ。日雇い労働なんざやってる場合か? しかも失踪? 動きに一貫性が無さすぎて信用できねぇな」
「……えーっと、俺の事で何か心配事があるからその話してるんですよね? ちょっと意図が汲めないんではっきり言ってもらっても?」
「てめぇ、俺の角を適当に切り取ってトンズラするつもりじゃねぇだろうな」
綺麗に空気が凍った。
慣れているグロリアはともかく、あまりこういう言われ方をした事が無いジモンも若干驚き気味だ。エルヴィラは言わずもがな、生々しい話が始まったのだと理解させられてしまったようだ。
一方でジャスパーは「あー……」、と奇声を発した。
「成程、はいはい、そういう……。貯金あるので、そんな恐いもの知らずな事はしないですって。こう見えて、ちゃんと将来を見据えた設計してるんで。大体、失踪したのもパーティの稼ぎより一時的に稼げる別の仕事を始めたってだけ……」
「それやべぇバイトじゃねえだろうな」
「違いますって! とにかく、普通に犯罪なのでしませんよ。そんなの。恐い竜人にブチ殺される可能性があるのなら、路上で人間を襲って血を拝借した方がまだマシですよ。少なくとも殺される確率は減りますからね」
「へえ? ま、グロリアがお前をパーティに入れるって言うのならそれでもいい。だが忘れるなよ、1ミリでも角が減ってたら……今まで同じ事をしようとしたクソバカ共がどうなったか体験する事になる」
「この流れで俺の要求が通るパターンあるんだ……。話の流れイカレてるだろ……。ま、まあ願った通りになっているみたいだし、いっか。
そういう訳なんで、もうよろしくって事でいいですよね? グロリアちゃん」
――私はそれでいいけれども。この流れでパーティに入って、逆にこの人は後悔しないの? 地獄みたいな空気なんだけど。
自身の一瞬前の発言を撤回する勇気が出ず、もうジャスパー側から辞退して貰うのを期待して尋ねる。
「私はそれで構わないけれど、この空気でいいんですか? もういっそ、ロボのパーティとかを狙った方が建設的では? セレクションならどこでもいいんでしょう?」
「それはそうなんだけどさ。いや、ロボくんの所は賑やかそうで良さそうなんですけど、若者が多すぎません? キラキラした空気で背中辺りがムズムズするというか……」
「……」
「ぶっちゃけ、8位とかは論外だし……かといって上の方はパーティが固まっちゃってて俺の入る隙はもうないんですよね」
「そうかもしれない」
「でしょ? なので、グロリアちゃんの所が最適解かな」
何だか可哀想になってきた。
他に彼が入れそうなセレクション・パーティが思いつかない。単純にこちらも他所のパーティと交流が無いのも一因だが。
「……話はまとまったので、ジャスパーさんを歓迎します」
「わーい! ……って、もっと嬉しそうな顔とかできません? ずっと無表情で、グロリアちゃんが何なら一番怖いんだよな……」
既に新入りから恐がられていて泣きそうな表情をしているはずなのだが、誰も指摘してこないのでやはり外からは鉄壁の無表情に見えているのだろう。悲しいかな。
そして仲間意識があまりにも薄いベリル&ジモンがさっさと話題を次へと持って行く。やはり、ジャスパーはうちの空気に付いて行けない気がするのだが、本当に大丈夫だろうか。これではまたすぐに失踪する羽目になりかねない。
「ああそうだ、丁度デカいクエストが入ったのを伝えようと思ってた」
「もっと新入りが加わった余韻とか楽しんでもらえません? ええー、俺しょっぱなから大口のお仕事か……」
文句を垂れつつ、まるで最初からそこにいたかのように自然に溶け込んだ吸血鬼の姿を見て、少し安堵する。
新入りを置き去りにする速度でベリルが例の指名クエストの件をあの場にいなかった2人――否、3人に説明した。
眉根を寄せたのはジモンだ。
「ノーマン・ネルヴァ……。俺は会った事がありませんが、これも前職のコネってやつですか。城の人事、響きだけでも関わり合いになりたくないですね」
そういえば、とここでエルヴィラが首を傾げる。
「王室関係の人事って常に吸血鬼がいるのは何故? 何かあるの?」
《相談所》は同じくネルヴァである所長がいたので公然の事実だが、外から見れば確かに疑問にも思うだろう。隠し事でも何でもないからか、ジャスパーが気前よく問いに答えた。
「吸血鬼の中に12家だけ特殊なお家があるんですよ。ネルヴァ一族もその中の1家で、この人等って血が滅茶苦茶濃い! 俺みたいな野良吸血鬼がもう失っている機能――簡単に言うと血液ソムリエ? みたいな身体機能をまだ持っているんですよね~。で、これで対象Aと対象Bの血縁関係が簡単に割り出せたり、何世代も遡って直近はどの種族とどう混ざって……みたいなのが分かるらしいんですよ。だからずっと人事として重宝されているってわけ」
「へえ! 知らなかったわ」
「ま、わざわざ国民にそんなことを説明するマメさはないよね、うちの国」
補足だが、とベリルが親切にも言葉を並べる。
「ノーマンさんは血縁、年齢、あと何だったかな……血中の魔力濃度も分かるつってたな」
「今の人事、そんな人がポストに座ってるんすか? ほぼバケモンじゃん。ま、所詮生まれと育ちってね。隔世遺伝かな、前任はそんなに色々は分からなかったと思いますけど。いいよなあ、飯食いながら高給貰えて」
「ふん、その高給取りからのクエストだから、真面目にやれよ」
「いやあ、金の循環ってやつですねえ! このお仕事が終わったら、かなりの報酬が貰えるでしょうし、たまにはブラッド・ドロップで良いヤツでも買おうかな。輸血パックじゃなくて食用の更にお高いやつ」
――血の味に違いはあるのだろうか?
そうは思ったが、仮に違いがあったとしてもヒューマンの舌ではそれを感じ取れないのだろう。不毛なので考えを打ち切った。
ともかく明日のクエストが成功しなければ、自分がブラッド・ドロップとやらの商品になりかねない。気を引き締めなければ。
もう帰りたいので解散した。