22.苦労人の気質(5)
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隔絶された空間でドロシーは未だに相手方の新入りであるエルヴィラと剣を交えていた。
もうかなり時間が経っているのは分かっているのだが、如何せん思っていたよりも良い立ち回りだったおかげで対戦が泥沼化したのだ。
「――意外と躱す……」
「ギルド員は身体が資本! 怪我をしないようにするのは当然の立ち回りね」
エルヴィラは尤もらしい事を言っているが釈然としない。
あまりにもパーティの仲間が彼女の戦闘能力について貶すので、何も出来ないお荷物なのかと勝手にそう思っていた。が、滅茶苦茶な行動は目立つものの素人という程でもないような、絶妙な力量である。
この程度ならリーダー・リッキーから蛇蝎の如く嫌われているという事実に、少しの疑問すら覚えるくらいだ。
エルヴィラが上段から下段へと振り下ろした剣を受け止める。重くはない。けれど、軽くもない。
――リッキーとは性格が合わなかったのかもしれない。
彼は野心家だ。司令塔らしく、自身が望んだ結果を欲しがる性質。見込んだ通りの能力が発揮できない人間を遊んでいると見なすような偏見的な気質をも持ち合わせている。
一方でエルヴィラは恐らく目的がギルドの外にある人物だ。無論、ドロシー自身もそうだが彼女はそれが露骨である。真価は人徳で目に見えず、どことなく運が悪いのも「思ったより使えない」という感想に拍車をかけているようだ。
「貴方はきっと駄目な人ではないけれど。運が悪いのは致命的だね」
変な形をした石を踏んだエルヴィラが大きく体勢を崩したのを見て、ドロシーは小さく溜息を吐いた。そういう所の甘さが、リッキーを苛つかせた原因だと理解したからだ。
咄嗟の判断で防御姿勢を取るエルヴィラだったが、少しだけ遅い。
ドロシーは振り上げた剣をそのままの勢いで振り下ろした――
「……え?」
衝撃。
何が起きたのか分からず、瞠目する。呆然とする視界に、弾け飛んだ自分自身の手首から上が片手剣を持ったまま転がったのが見えた。
――これは、何? どこから……。
答え合わせはすぐに行われた。最早隠す気のない盛大な足音と共に、獣人の巨躯が飛び込んで来たからだ。
厳つ過ぎる顔と種族差をありありと感じさせる巨大な肉体に、同じく巨大な斧。頭には草食動物を思わせるが立派な角。
元《相談所》の構成員、ジモン。
全くの他人であるドロシーですら知っている、旧時代の怪物。その一角だ。
何をされたのかまでは理解できなかったが、乱入してきたジモンが既に大斧を振り抜く姿勢に入っているのを認めた刹那。
目にも留まらぬ速さで薙ぎ払われた鉄板と見紛うような刃に胴を真っ二つにされ、視界がブラックアウトした。
「……はっ!?」
《投影》室のベッドで目を覚ます。既に脱落した仲間達の談笑をBGMに、恐ろしい体験をしたドロシーは額の汗を拭った。
「こっわ……」
***
「ありがとう、ジモン」
自身の後任であるらしいドロシーの離脱を見届けたエルヴィラは、乱入者である仲間にそう礼を言って軽く頭を下げた。
どう考えても自分より負傷しているジモンはぐったりと溜息を吐いている。
「まだ生き残っていたのか、お前」
「辞世の句は読みたくないからね……」
「読まなくていい」
ところで、と危機を救ってもらったエルヴィラは嬉々として尋ねる。
「なんか飛び道具? みたいなのが飛んできて、ドロシーの腕を弾き飛ばしたのは何だったの?」
やや面倒臭そうな顔をしたジモンは腰のポーチから小さな鉛玉を取り出して見せた。魔法式も何もない、本当にただの鉛玉である。それを親指で弾くようなジェスチャーをし、事も無げに告げた。
「これを弾き出した」
「親指で!? 獣人恐い、威力おかしいわ……。魔法なんてなくても中距離張れるって訳ね……」
「お前は何故、あの何もない所で躓くんだ。意味が分からん。そっちの方が余程恐いだろうが」
「お見苦しい所を……」
ああそうだ、とジモンが何かを思い出したように尋ねる。
「まだ《サーチ》を使えるか? 俺は魔力切れで魔法を一切使えない状態だが」
「使えるわ。はいこれ、誰か捜しているの?」
「お嬢を捜している。周囲に人影はないか。だが、もう残っているのは向こうのリーダーとあの鬼人だけだな……。仕方がない、お嬢を捜しに行くとするか」
「え、ちょっと私も――」
行くと言い掛けたが、ジモンはその身体能力を遺憾なく発揮し、颯爽と駆けて行ってしまった。何という足の速さ。ヒューマンのそれでは絶対に追い付けないと数秒で理解した。
ただし、頑張って走った事でちょっとした収穫があった。
「あれ……もしかして、リッキーさん……?」
潜伏して司令塔をやるのがお決まりの、リッキーを発見してしまったのだ。
これは完全に偶然ではあるけれど、《サーチ》にも写っていないあたり身を潜めていたのだろう。
――私に勝てるか……?
ジモンは走り去ってしまい、近隣にはもういないだろう。呼び戻す事も考えたが、彼は確か魔力切れで何一つ魔法を使えないとも言っていた。つまり、《通信》不可である。
「……」
きゅ、と納めた剣の柄を握る。
パーティの一員として、目の前にいる敵をスルーする訳にはいかない。どうにか《マーキング》だけでも付けて、後続に託さなければ。