07.サブマスターの期待(1)
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諸々の手続きを終え、ロビーへ戻って来た。
サブマスターの計らいにより、ジモンは既にパーティの一員として活動して問題ないとの事。彼に気に入られるとスムーズに事が進んでとても助かる。
「――ジロジロと見られてますね」
一歩後ろを歩いていたジモンがぽつりとそう呟いた。ギルドなどそんなものだし、よくある事なのでグロリアは肩を竦めて首を横に振る。
「私達が珍しいんだと思う」
「でしょうね。一時はこの視線に晒されるってワケですか。よくベリルさんはキレて暴れたりしませんでしたね」
「ベリルは短気だけど、意外とアホな行動は取らないから」
「……それもそうですね」
このざわつくロビーで何もかもを無視し、適当な雑誌を読むベリルの姿を発見する。きちんと留守番出来たようで何よりだ。
グロリアの視線に気づいたのか、ふと件の竜人が視線を上げた。そして、少しだけ目を丸くする。
「こんにちは。お久しぶりです、ベリルさん」
「ジモンか! お前、本当に移籍してきたんだな」
「俺だけ他所のギルドにいるなんて、寂しいでしょう?」
「よく言うぜ。丁度良かった、うちにはお前が必要だったんだよ」
「ええ? ……嫌な予感がするのですが」
「お前、人間と話せるだろ」
「ハードルがクソ程低い要求っぽいので安心しました」
――いやもうこれ……《相談所》の同窓会みたいなテンションじゃん。
間違いではないのだが、場違い過ぎる。ここはギルドのロビーだし、恐れた同ギルドの仲間達が蜘蛛の子を散らすようにどこかへ行ってしまった。
「そういやジモン、ランク試験? か何かでグロリアとやり合ったらしいな。どうだった、そろそろ勝てそうか?」
「無理ですね。割と全力を尽くしたんですが、一時は勝てそうにありません」
「全力……? 観客がいる模擬戦じゃなかったのか」
「模擬戦と言うか、もう殺し合いでしたよ。この面子でやり合って、ごっこ遊びじゃ済まんでしょ」
殺し合いと聞いてベリルは爆笑している。相当に酷い試合だったので、何も知らない観客の皆さまはさぞやドン引きした事だろう。
「――ところでお嬢、いやリーダー。本日の予定はどうなっているんです?」
「ノルマ消化」
どうやらノータイムで働いてくれるらしい。流石はジモン。我々の中で最も真面目な男である。
グロリアが適当に立てた予定に対し、反発したのはベリルだった。あからさまに不満そうな顔をしている。
「まだ残ってんのか、あれ。報酬が安いんだよ、もっと上から依頼を取れねえのか?」
「これが終わったら上から取っていいよ」
「金がねえんだよ」
「節約して」
「お前の口から節約とかいう単語が出るの、笑えるな。いや、何故かは本当に分からないが」
「何を言っているの? ベリルから金が無いなんて言葉が出る方が爆笑ものでしょ」
「そんな無表情で爆笑とか言われてもな……」
とにかく、月初にノルマは終わらせたい。余裕を持ってこういった事には取り組みたいのだ。なので金が無かろうが何しようが、今日はノルマを――
「グロリア!」
呼ばれたので顔を上げる。ベリルやジモンが発した声ではなく、後ろから聞こえたようなので振り返った。
少し慌てた様子のサブマスター・ゲオルクから呼ばれたらしい。
――何? 何か伝え忘れかな……。
それにしては慌てているように見えるが。
「さっきの今で悪いが、少し来てくれないだろうか」
「……分かりました」
ベリルとジモンはソファから動く気が無さそうだ。
仕方なくグロリアは言われた通りゲオルクを追い掛ける。彼は彼で目的地があるようだ。
そうして辿り着いたのはロビー端にあるソファの一角。
ただし先客がいた。男性二人。
片方はよくよく存じ上げている。彼の名前はリッキー・ワイマーク。あのエルヴィラが在籍しているパーティのリーダーにして、セレクション10位に君臨するギルドの有名人。
種族はヒューマン。茶の短髪に同じ色の双眸。中肉中背。身だしなみに気を使っているのがはっきりと分かり、ギルド員にしては清潔感がある。ただし漂う全てを馬鹿にしたような空気で台無しだが。
もう一人は全然知らない男だ。
淡い金色の短髪にアイスブルーの瞳。すらりとした体型で、フラットな格好をしている。顔色が悪いのが気になるが吸血鬼なのかもしれない。何にせよ、どことなく明るい雰囲気でその顔色をカバーしている。
「少し目を離した隙に何をしているんだ、お前達は……」
ゲオルクの呆れたような声で、彼等はお呼びでない事が判明してしまった。リッキーは大袈裟に肩を竦める。
「何やらサブマスターがお困りのようだったので」
「よく言う」
――リッキーの相手は面倒……。
彼はエルヴィラへの当たりが強いので、あまり好きではない。話も長いし、ダル絡みしてくるのでうんざりだ。ゲオルクが追い払うのをそれとなく期待する。
そんなリッキーはゲオルクのげんなりした顔を一瞥すると、今度は対岸に座っている知らない男を目で指す。
「実際にはジャスパーをパーティに勧誘をしてたんですよ。ギルドにいるの、珍しいでしょう?」
「やだなー、俺はずーっと断ってるんですけどねえ……」
ジャスパーと呼ばれた顔色の悪い彼は、へらへらと笑っている。途端に胡散臭そうなイメージに早変わりした。明るいお兄さんではなかったようだ。