05.自由の代償(2)
ロビー横にある記入台。
シンプルに台と仕切り板、そして備え付けのペンが数十本置いてある簡易的な造りだ。ここまで依頼人が入って来る事は無いので華やかさは無い。裏などこんなものである。
「書類の種類、あり過ぎるだろ。あー、これか? 月ノルマって書いてあるぞ」
「それ……だと思う」
《レヴェリー》はギルド員を多く抱えている。三大ギルドの一角。
莫大な人数、莫大なクエスト、莫大な事務員。とにかく何もかもスケールが大きいので、書類が細かく分かれている。事務処理が速いのは書類の種類で担当を割り振っているからだろうか。
――ただ、ここで重大な問題が発生する。
イェルドパーティの皆さまは、このコミュ障女を甘やかし過ぎた。
「――書類の書き方、分からない」
「はあ? いや、俺も知らん……」
いつもジークかイェルドが記入してくれたので、本当に微塵も記入方法が分からない。仕切り板に記入方法が貼られているが、どれの事だかまるで分からない。
そしてベリルもまた、甘やかし常習犯だった。
書類を台へ広げ、果敢にもペンを取る。
「ああクソ、面倒臭ぇな……。壁に貼られてるこれが、記入方法だろ」
「書けそう? ベリル」
「何とも言えないが、恐らくお前に任せるよりは書けるだろ」
「さすが」
「良い時ばっかり持ち上げるの止めろ」
「こういう時しか持ち上げられないじゃん、ベリル」
「時々そうやって厳しいのは何なんだ」
宣言通り、グロリアよりも遥かに理解力の高いベリルは記入方法をチラチラと確認しながらゆっくりとはいえ着実に空欄を埋めていっている。落ちて来る横髪を苛々しながら耳に掛ける、そんな動作を見つつドキドキしながら待つ。なんて事だろう、神秘の種族である竜人を顎で使っているなど、罰当たりにも程がある。
何度でも繰り返すが、ベリルは育ちが良い。
故に字も綺麗だ。サラサラと書きなれた達筆で、味のある字でありながらもバランスが完璧で美麗である。
「――あ」
「……なんだよ」
グロリアが声を上げた事により、ベリルの手が止まった。
申し訳ないのだが、このまま書類を提出する訳にはいかないので間違いを指摘する。
「私の姓、ネルヴァじゃない」
「……あ」
「私はシェフィールド」
「ああクソ、そうだった。ネルヴァさんちの末っ子感が強すぎんだよ、お前」
どんな間違いだと思ったが、記入を完全委託している分際でそのような事を言えるわけがない。
几帳面な彼は書きかけの書類を綺麗に三つ折りにした後、ごみ箱へ投げ入れた。新しい書類を広げる。
――出たよ。一文字の間違いも許さない所、相変わらず……。
訂正線を引く事により、見た目が悪くなるのが嫌いらしい。分からない。こういった紙へ記入している時間が一番嫌いなので最初から書き直ししたい気持ちが分からない。
もう既に疲れた。何も考えず、魔物でも何でも戦っている時が一番楽だ。
この後に行われた魔物の駆除クエストは特筆すべき点もなく、淡々と終わったので割愛させていただく。魔物駆除など、もう何百回繰り返したか分からない。作業以外の何物でもなかったのだ。
***
そんな事があってから数日が経過した。
ベリルがあまりにも金が無いと言うので、途中で高額クエストを挟んだせいでノルマがまだ1つ残っている。彼は今までどうやって生活していたのだろうか。悪いが、街でバイトをしている姿など想像もできない。霞でも食って生きていたのか。
――憂鬱過ぎる……。
クエストは良い。最近、頭を悩ませているのは書類の扱いだ。
そもそも記入方法が未だに曖昧だし、記入作業がどうも好きではない。ベリルと二人きりなので投げっ放しにする訳にも行かず何度かに一度は記入にトライしているが、トライする度に嫌になる。
また、受付への提出も苦痛だった。
そもそものコミュ障である自分は人に話しかけるのに必要以上に緊張してしまい、精神疲労が凄い。かといってベリルに行かせると脳に優しくないやり取りで戦慄してしまうし受付に申し訳ない。
――人、増やしたいなあ。コミュニケーション能力がある新メンバーが。
それに尽きる。コミュニケーション能力とは人間が何年も掛けて築き上げる能力だ。出だしで失敗している自分が一朝一夕で身に着けられるスキルではない。現に、数年頑張ってみてはいるが結果は芳しくないわけだし。
内心で溜息を吐きつつ、ギルドに到着。ロビーへと歩を進める。
「ベリル」
と、ウロウロせず行儀よくソファに座る竜人の姿を発見。ふらふらと引き寄せられるように進み、声を掛ける。やや不機嫌そうだが、果たしてどうだろうか。
グロリアを一瞥したベリルはうんざりした口調で話し始めた。
「おい、ジモンに会ったつってたな」
「うん。試験会場でね」
「アイツ、他所のギルドにいんだろ。ここに移籍させろよ」
「どうしたの……」
「奴は人間とまともに会話できるだろ」
「それはそう」
グロリアは話すのが下手で、ベリルは他人と話すのが大嫌いだ。
顔つきが好戦的なので受付を恐がらせてしまっている。グロリアも同じで、こちらは悪気は微塵も無いが無表情で相手を怖がらせる。
ここで顔は滅茶苦茶恐いがコミュニケーションは普通に取れるジモンがいてくれれば、もう少しマシなパーティにはなるだろう。ベリルの意見は尤もだ。
つまり、彼も連日のあれこれに嫌気がさしているのだろう。気持ちは分かる。
「――グロリアさん」
「ああ!?」
全然知らない声に呼ばれ、振り返る。最早反射なのか知らないが、ベリルが声を荒げた。声をかけて来た知らない女性は盛大に怯えている。そんな彼女だったが、早々に用事を終えようと考えたのだろう。かなりの早口で一方的に捲し立てた。
「あ、あのっ、えーっと、サブマスターが会議室で待っているから来るようにと。あの、伝えましたから。それでは!」
彼女は全力疾走のような勢いで走り去って行ってしまった。
「ベリルが恐がらせるから」
「は? 鏡見ろ、自己紹介か?」
「失礼な」
無表情ではあるが、恐い顔はしてないだろ。その一言は今日も言えなかった。
「会議室に行ってくるから、適当に時間を潰してて」
「おう」
指定されなかったからか、ベリルはついて来なかったが、その方が良いだろう。また喧嘩腰で会話されると話しが進まないので。