04.自由の代償(1)
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全ての手続きが完了し、晴れてAランクパーティとして独立したグロリアはロビーの窓から外を見やった。
まずそもそも、書類を提出しに受付へ行った時、当然のようにゲオルクがいた事も驚きだ。彼は余程、昇格したがらなかったグロリアがAランクになった事が嬉しかったのが終始ご機嫌で、それもまた不気味である。
それは置いておいて。
時刻は既に夕方。窓の外には夕焼け空が広がり何とも哀愁の漂う光景となっている。既に独立して放り出された状態であるので、イェルド達とは別れた。彼等も忙しい中、わざわざ手続きに付き合ってくれて本当に有難い限りだ。
「それで? 今からクエストにでも行くか、リーダー?」
「わざとらしさが隠せてなさすぎる」
ニヤニヤと問い掛けるベリルは少しばかり楽し気だ。
しかし、流石に今からクエストへ行くのは勘弁して貰いたい。諸々の手続きと、古巣との決別、その他色々なイベントが起こり過ぎた。身体は疲れていないが、精神疲労が凄い。帰りたい。
「もう疲れたから、今日は解散」
「そうだろうな。別に何もしてないが、俺も疲れたよ」
――そういう所あるよね、ベリル。
慣れてくるとお茶目な竜なのである。尤も、一向に慣れられずそのままこの世を去る人間も一定数存在するのだが。
「グロリア、明日は何時くらいにここに集合するんだよ。待ち惚けはごめんだ」
「……10時くらい」
「どんだけ寝る気だ? まあいい、10時な。くらいってなんだよ。俺は10時に着くよう出るからな」
大概几帳面な竜人がきっちりと時間を決めたので、それに従う事とする。彼はお育ちが良いので、時間よりかなり早く来るだろう。それでも10時を目指して家を出るけれど。
***
そんな会話をした翌日。宣言通りの10時頃。
ギルドへたどり着いたグロリアはロビーのソファに座り、途方に暮れていた。いつもならばイェルドがきっちりクエスト管理をしてくれているので月のノルマやら何やら、ギルドへ来た時には既に予定があった。
しかし独立したので、それらの予定はこれから自分で立てなければならない。目下の目標は渡された月ノルマだろうか。
2人しかいないので手分けはできない。早めに終わらせた方が良いだろう。
――まずは月ノルマ……あれ、そういえばベリルは?
奴が時間に遅れる事はまずない。つまり早めに着いて、どうせギルド内をまたウロウロ歩いている事だろう。入れ違いになるかもしれないのでロビーで待つのが良いと思われる。
それにしてもあまりにも自由過ぎると、少しばかり不安だ。
全てを決めるという事はサボるのも自由。働きづめにするのも自由。しかも自分自身がリーダーと来た。家庭環境が割と特殊だったので、誰かに何かを決められていないという事が久々である。
端的に言うと、何をしていいか何をしないでいるべきか分からない。
「おはよう。今日は何する?」
今まさにそれを考えていた訳だが、正面のソファにベリルが腰かけた。やはりギルド内を歩き回っていたらしい。
しかしベリルの出現に伴い、周囲から人影が消えた。遠巻きにされてしまっているようだ。この状況からどうやってパーティメンバーを増やせと言うのか。
そんなベリルだが、イェルドから解放されていやに伸び伸びとしているのが見て取れる。元リーダーを強者認定していたようだったので、緊張でぴりついていたのだろう。それが周囲から消えて有頂天と言った所か。
「月のノルマを消化しないと」
「昨日言ってたやつか。何枚か依頼書貰ってただろ。どれから行く?」
「……」
――どれから……どれから行こうかな。期限は全部一緒、月末までに終わらせればいい。
今まではどうやって優先度を決めていたか考える。
《ネルヴァ相談所》にいた頃は所長からクエストを割り当てられ、機嫌を伝えられていた。事務員が書類を作成してくれるので、それが出来上がったら出発。リーダーとかもおらず、かなり適当だった。
そもそも自分とベリル、後半はジモンの3人で組んでいたのだ。年長者のベリルの指示に従っていた。そのベリルも所長の指示に従っており、自主性は皆無と言える。
――よくよく考えてみたら、ギルドとかいう職業に属してたのに……自由だった事、ないな。
好きな時に働き、好きな時に休む。
それがギルドであったはずなのだが、不思議といつも働いている。もっと金を稼げば休日が増やせるのだろうが。
「グロリア?」
ベリルに怪訝そうな顔をされてしまった。適当な依頼書1枚を掴み取る。要は、月が終わるまでに全て終えればいいのだ。
「これにしよう」
「おう。で? 俺は《レヴェリー》でクエストなんざ受けた事がないから、この後どうするか全然分からねえ」
「……まずは書類に記入しないと、いけなかったはず」
「大丈夫か? まあいいや、その書類はどこにあるんだよ」
勿論、記入台の場所は分かる。立ち上がったグロリアの背を追うように、ベリルが付いてきた。遠巻きにしていたギルド員達が人垣となっていたが、特にお願いせずとも人垣が割れて行き、ちょっとした有名人の気分を味わった。