02.独立するのが辛すぎる(2)
話をしている内に数分が過ぎ去り、やはり時間ぴったりにリーダー・イェルドが姿を現した。
「みんな早いな。待たせてすまない」
そう言って微笑む姿は平常時と変わらず。人の好さというものが滲み出ている。
雑談もそこそこにイェルドが本題へと入った。
「今日、集まって貰った理由だが……この間行われた、Aランク試験の結果が出た。分かり切っていた話ではあるが、グロリアは今日からAランクに昇格だ」
おおー、と控えめに場が湧く。大声ではしゃぐような面子ではないが、その落ち着きは好ましい。場の空気がおめでとう、というようなムードに切り替わる。グロリアを数週間プロデュースしていたイェルドもどことなく満足そうだ。
ああそうだ、とそのリーダーが思い出したように呟く。
「今回の試験は珍しく2名がAランクに上がっていてな。まあ、《レアルタ》の枠を取って受験したジモンだ。決勝組が順当に合格した事になるな」
「ジモン、奴もいたのか?」
怪訝そうな顔をするベリルに頷きを返す。
――そういえば、言うのを忘れていたかもしれない。案の定、眉間に皺を寄せた彼はチクチクとした小言を漏らした。
「そういう事は言えよ……。お前今朝、どんな世間話をしてたか覚えてるか? 住んでる家の間取り以前に話すべき事があったろ……」
「普通に忘れてた」
「泣くぞ、ジモンが……」
この場にはいないジモンを哀れに思ったのか、ベリルは肩を竦めている。ジモンがいた事など、これまで日常だったのでついついその場にいる人間の事を話す文化が無かった、というか忘れていた。
グロリア、とジークに呼ばれそちらを見やる。
「おめでとう。これで独立するのか?」
「……分からない」
その話をしないといけないな、とイェルドが首を縦に振る。もうこれは死刑宣告と同じではないだろうか? 勿論、リーダーにその意図は全くないだろうけれど。
「気を利かせたサブマスターが、パーティを作る為に必要な書類を一式俺に持たせてくれている。記入方法を教えるから、これを提出したら晴れて独立だな。並行して、ベリルにもパーティへの加入用の書類を――」
――そうか、私、本当に独立するんだ。
渡された書類を眺めながら不意にそれを理解した。今まではどこか他人事というか、遠くの出来事のようだったそれが急速に現実へと塗り替わるような感覚だ。
そうなってくると、珍しくまごつく事もなくするりと喉から言葉が押し出される。
「皆さん」
ベリルに一生懸命書き方の説明をしていたイェルドが話を止め、他メンバーの視線をもグロリアに集まった。
「……今までお世話になりました」
静寂。
別に一般的な挨拶で何ら変な所は無かったはずなのに、数秒だけ痛い程の沈黙が流れた。
ややあって、最初に口を開いたのはユーリアだ。彼女とは魔法の実験と称して色々な無茶をした。楽しい日々だったのは確かだ。
「や、やだグロリア! アタシ、何だか急にすっごく寂しくなってきたんだけど……!? どうしてかしら? 今までも色んな子達が独り立ちしていったはずなのに。まさか、あのグロリアもアタシ達とさよならするのは寂しいと思って……いても、それが表に出ないのがアナタよね」
――いや、滅茶苦茶寂しいんですけど? 多分、家帰ったら泣くと思う。
はは、と苦笑したジークが挨拶を返してくれた。
「ああ。俺も色々と勉強になったよ。世話になった」
「ま、グロリアちゃんは滅茶苦茶無感情で何考えてるかさっぱり分からなかったが、一欠片でも俺等に何らかの感情があったのなら光栄さね。お前さん、有名になりそうだし」
ざわつくメンバー達だったが、ここで穏やかな声のイェルドが話の手綱を握り直した。ギルド員を何故か独立させまくっているだけあって、手慣れたものだ。
「本当に1年という短い間だったが、色々とあったな。こんなに早く独立して行ったのはグロリアが初めてだ。戦闘面には何も問題が無かったから当然かな。次は早々にSランクへ上がって欲しい。勿論、教え子だからな、サポートしよう。独立していても構わないから何かあればいつでも声をかけてくれ」
「――はい」
声に生気がなくしかも無口、顔には表情が無い。およそ感情と言うものを持ち合わせているのか不明で不気味。
それが周囲からグロリアへのおおよその評判だ。
けれどきっと長く一緒にいたベリルはきっと表現が下手な感情を汲み取ってくれたのだろう。
大きな手が頭をさらりと一撫でする。彼もまた不器用な人間で、10年前の子供だった自分の扱いを知らなくて、それで編み出された懐かしの挙動だった。
「――このコミュニティ、案外気に入ってたんだな。グロリア」
――そうだよ。気に入っていたし、大好きだったの。
感情表現が下手糞過ぎて感謝の1割も伝えられていないし、意思疎通が困難だった事もあったけれど。それでも居心地は良かった。偏にメンバーが大人で、自分に合わせてくれていたからだと思う。
パーティの皆にそんな感情はきっと伝わっていない。けれど、表現が下手で誰にも拾えない感情をベリルが拾ってくれた。それで十分である。