01.独立するのが辛すぎる(1)
朝とも昼とも言えない時間帯。
グロリアは昼までにギルドに来て欲しい、とリーダー・イェルドにそう言われていたのでこの何とも微妙な時間にギルドロビーを訪れていた。
――そういえば、私のAランク試験の結果はどうなったんだろう。
試験が終了してそれなりに経つが未だに結果発表はない。リーダー曰く、まず間違いなくAランクに上がっているとの事だったが正式な発表を見てからでないと半信半疑である。
しかし発表がないのでまだだと言うだけで、既にイェルドやサブマスター・ゲオルクはAランク員として扱ってくるので質が悪い。
現に今も、発表待ちでまだイェルドのパーティに在籍しているにも関わらず、クエストは最低限。なるべくパーティメンバーのベリルと一緒にいるよう通達されている。
――もうこのまま、いっそイェルドさんの所に居座らせてくれないかなあ……。
本心はそれであるがいつも通りのコミュニケーション能力不足で意見として述べられる事は無い。そもそも自分で持ち帰った案件なので、他者を巻き込んで我を押し通す大義名分もなく、心情を適切に伝えられる気がしない。
「グロリア。おはよう」
「……おはよう」
声を掛けられて顔を上げる。
聞きなれた声はジークのものだ。薄い笑みを浮かべた好青年は、試験が終わった後もいつもと変わらず接してくれている。パーティのメンバーがどうの、と以前に話をしていたので思う所が無いわけではないだろうに。実に大人である。
そんな彼は前置きなどまるでなく言葉を切り出した。
「丁度良かった。イェルドさんが11時頃に来てくれと言っていたぞ」
「そう」
「多分、この間の試験の結果が出たんだろうな」
「分かった。そのくらいに向かうよ」
「ああ、そうだ。ベリルがさっきまでロビーにいたから、少し待っていたらここに戻って来ると思う」
どうやら人間嫌いの竜人は性懲りもなくギルド内を歩き回っているようだ。それをきちんと見ていてくれたジークには頭が上がらない。
「待っておく。ありがとう」
***
そんな会話をした1時間後。
グロリアはベリルを連れ、指定の別室に足を運んでいた。見慣れた空き部屋にはイェルドのパーティメンバーと、グロリア自身に加えベリルもいるというやや歪な面子が揃っている。
リーダー・イェルドは基本的に時間きっちりタイプなのでまだ顔を見せていない。
そうなってくると如何に気まずいとはいえ、自然とこの謎のメンバーでの会話が発生する訳で。
「おい。お前等のリーダーはいつになったら来るんだ」
苛ついた声を上げたのはベリルだ。まだ約束の時間まで少しある。しかし、イェルド以外が全員揃っているのだから最後の一人を待つのに嫌気がさしたのだろう。
何と宥めたものか、そう考えていると苦笑したジークが応じる。
「イェルドさんはいつも時間ぴったりに来るから、もう少ししたら顔を見せるさ」
「ああ? クソ、変な所で几帳面な面してるからな……」
「はは、よく分からないがそうなのか?」
あのベリルと、獣人のジークの会話が成立しているのはなかなかに刺激的な光景だ。恐ろし過ぎて直視できないが、先日の一件でベリルは既にジークへ悪い感情は抱いていないようだったので急に殴り合いに発展したりはしないだろう。
最も警戒に値する竜人が喋り出した事により、室内の緊張感がぐっと薄くなる。やや安堵したような面持ちのユーリアがグロリアへと話しかけて来た。
「とうとうグロリアも独立しちゃうのね。寂しくなるわぁ」
「そうですか」
「あ、でも、魔法の実験で面白いのがあったら呼ぶから! その時は一緒に頑張りましょ?」
「勿論です」
彼女の魔法実験とやらは身になるものが多い。当たり外れがあるのは否定できないが、当たると大きいので重宝している。尤も、悪ふざけでしかないものから大規模過ぎていつクレームを言われるか分からない類のものまで様々過ぎるのだけれど。
そうして話は《ネルヴァ相談所》へシフトしていく事となる。
「そういえば、グロリアは《相談所》にいたんでしょ? どう? アタシの事、覚えてない?」
「分かりません」
申し訳ないがコミュ障あるある、人の顔と名前を覚えるのが下手糞という特性を当然持っているので会っていたとしても本当に分からない。変に期待させてもいけないと思い、スパッと切れ味良く返事をしてしまったが気を悪くしていないだろうか。
しかし、もう慣れられてしまったのか意に介した様子もなくユーリアが壁際にいるキリュウをも話題に巻き込む。
「アタシが覚えられてないんだから、キリュウなんてもっと忘れ去られてるわよね」
「そもそも遭遇しているか分からんでしょ。正面切ってドンパチする事態になんてそうそうならなかったしね」
「あら。アタシの記憶が正しければ、ベリルを含む3人組とは何回か遭遇してるわ」
どうやら覚えていないだけで、彼女等の邪魔をした事が複数回あるらしい。胃が痛くなってきた。
基本的に興味のない雑談は適当に受け流すキリュウがここに来て話を更に広げ始める。彼にとってはそれなりに興味のある事柄だったのだろう。
「いやしかし、まさかグロリアがあのフードの子供だったとはね。戦闘能力だけを見たら分からなくもないが、《レヴェリー》では命令違反も無いし、別に凄く喧嘩っ早い訳でもなかったから意外だったのは確かさね」
「……《相談所》にいた時から、命令違反はしてない」
「……えっ。あ、じゃあ規則とかが無いから他所のギルド員を片っ端から伸してたの君等……」
困惑した様子のキリュウに内心で謝り倒す。
そう。それどころかクエストの横取りを恐れて普通に拳で勝ち取るように教育されていたという口が裂けても言えない事実も眠っていたりする。他所のギルドに所属して確信したが、あれは最早気でも狂ったかと言いたくなるような蛮行だった。
キリュウの呟きを聞こえぬふりでやり過ごす。本当にやり過ごせているかは分からないが。