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16.お仲間(4)

 目が合ったと思えば、とうとうジモンが動き出した。

 それまで引き摺っていた大斧を軽々と持ち上げる。魔法《軽量化》の使用により、信じ難い重さの斧が片手で持ち上げ可能にまで軽くなったのだ。


 ――どうする? このまま速度で以て突っ込んでくる? それとも、何か別の方法を考えている?

 前者以外にあり得そうな行動がすぐには出て来ない。カウンターで水場を利用し、《光撃Ⅲ》で感電させる。ジモンが荷物のない状態の全力で駆けて来たとして、それを見てからでは魔法の起動は間に合わない。


 地面へ光属性魔法を奔らせて、そしてそれがすぐ失敗であった事を悟る。

 あろう事が唯一の武器であるその大斧を、先程グロリアがしたように横薙ぎにぶん投げたのだ。彼の運動能力で投げた斧が掠りもしないなんて事はあり得ない。


「――……っ!?」


 張っていた《防壁》へ強い衝撃。手放した得物の魔法石を利用し、《重量化》する技術は無かったようだがそれでも《軽量化》はもうない。

 グロリアの細腕では持ち上げる事はおろか、引き摺る事さえ出来ない鉄の刃が目と鼻の先で止まる。《防壁》に阻まれて、途中で失速したのだ。けれど、通常サイズの魔法石で作成した壁であれば今頃グロリアの首と胴体は泣き別れしていたに違いない。


 役割を終えた不可視の壁が力を失い、それに伴って壁に刺さっていた斧が地面へ落ちる――のを見ていられる余裕はなかった。太陽を遮って、唐突に影が差す。

 ――跳んできた!?

 一足飛びに飛び、巨体が宙を舞う。それが影としてグロリアの顔に差していたのだ。


 最早、反射。人間は追い詰められている時、どこかから所在不明のパワーが湧いてくるものなのだ。

 水場を広げようと画策して用意していた水属性の矢を至近距離で放つ。空中で身動きは取れない。

 反射速度は獣人の方がヒューマンよりも遥かに上だ。ジモンがさっと残っている腕で、正確に矢が飛来する位置をガードする。頭ではなく、胴体を狙ったが完璧にその射線を切っているのが冷静な頭で理解できた。


 腕を刺し貫き、腹部にまで矢先が到達すると思ったが、そう甘くはない。

 大斧への《重量化》を手放した代わりに《防壁》を張っていたようだ。矢に貫かれた《防壁》が砕け散る。それでも防ぎきれず、ジモンの腕に深々と矢が刺さるも身にまでは到達していない。という事はつまり、ほぼ無傷と同じだ。


 一連の動作がゆっくりと流れていくように見える。

 やはり人間は追い詰められた時にこそ、真の力を発揮するのだ。


 今回は何の役にも立たなかった脳味噌が、ようやっと活動を開始する。状況を秒で弾き出す冴えっぷりだ。

 まず《光撃Ⅲ》で水場を電気床に変える事は出来ない。《防壁》を失ったので自分も巻き添えを食うし、何よりジモンの着地先を見るに、これは先程投げた斧の上に着地する。彼の大斧は体重くらい簡単に支えるだろうし、刃が地面に深くめり込んでいるので倒れたりもしないと考えた方が良い。というか、この刺さった斧を踏み台に即死攻撃をしてくると思う。足さえ地面に直接着かなければいいのだから。

 であれば、残る手段は。


 腰に差していたナイフを片手で抜き、切っ先をジモンへと向ける。それを見ていた獣人が目を見開いた。

 チャンスは一度きり。

 着地する瞬間、ナイフの柄に《風撃Ⅰ》を炸裂させた。文字通り爆発的に加速した刃物が止まる事の出来ないジモンの左胸を正確に撃ち抜く。

 けれど彼もまた突然には止まれず。

 両腕が使い物にならなかったのだろう、膝が迫ってくるのを見たグロリアは残った腕でなけなしの防御姿勢を取った。


 瞬間的に取った行動が、結果的には勝敗を分ける事となる。


 《投影》に痛み等は実装されていない。ただし、判定により身体の部位や器官が使えなくなる措置は当然存在している。

 身体がボールのように吹き飛ばされ、獣人の膝蹴りをまともに食らった腕はあらぬ方向へ折れ曲がり、身体を動かす事が出来ない。息が苦しいような感覚があるので、恐らくは深刻な身体へのダメージが全体に広がっている。

 それでも。急所を撃ち抜かれたジモンが先に《投影》から離脱する。

 ほとんど引き分けのようなものではあったが、絶命までの時間差――つまり判定勝ちしたのである。

 尤も、実戦であれば両者共に死亡しているので勝ててはいないのが正直なところだ。


 ***


「――……はあ」


 《投影》が終了し、見慣れない白すぎる天井が視界に入った所で、思わずグロリアは溜息を吐いた。

 ジモンは別控室から出て来たので、ここにはいない。いないが、魔法《通信》で無理矢理通話を繋いできた。彼はこういう行動力がぶっ飛んだ一面もあるのだ。


「はい」

『ああ、お疲れ様です』

「お疲れ」

『一応実技試験なんですが、対戦ありがとうございました。おかげで、自分の問題点が分かりましたよ』

「そう……」


 ――真面目過ぎるんだよなあ……。

 こんな滅茶苦茶な試合と言うより、殺し合いみたいな手合わせでよくこんな清く正しい言葉を吐けたものだ。観客がいるらしいが、恐らくドン引きしているに違いない。


『お嬢、ちょいと聞きたい事があるのですが』

「なに?」

『ベリルさんが今どこにいるか知りませんかね? あの人、あんな感じだからそろそろ貯金も底を突いて変な犯罪とか起こしそうだし。お嬢、捜して引き取ってくれません? 先輩に俺からそういう心配をするのは失礼で、言い辛いもんで……。この分ならAランクに昇格出来てるでしょうし』

「……いや、もううちにいる」

『あ、そうなんですか。それはいい。という事はまた仲良くやってるって事ですかね』

「前の時と同じ感じだよ」

『ああいや、懐かしいですね。俺もそっちへ行こうかな……。《レヴェリー》でしたよね』

「空きはあるからいいよ」


 ――いやというか、来て!!

 2人しかパーティメンバーがいないなど終わっている。ギリギリの運営は胃に優しくないし、シンプルに寂しい。


『それはいいですね。あー、ちょっと検討します。スタッフが来たのでこれで』

「じゃあね」


 通話終了。そのタイミングでグロリアが待機する部屋にもスタッフが姿を現した。


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