15.お仲間(3)
状況を整理しよう。
間合いは振り出し位置から少し大きめ、つまりグロリアにやや有利な場所に陣取っている。
既に負傷しており、右腕の肘から先が無いので近接戦闘は実質不可。魔弓と魔法のみで今からはジモンに対応しなければならない。
一方でジモンは左腕を負傷。既にこちらの腕は使い物にならないだろうが、それでも微かに動かす事が可能なので何かしてくる可能性が大いにある。
近接戦は出来ない。魔力量もそんなに残っていない――
不意に足元の感触に気付く。ぬかるんだ地面は、先程作った氷の床が溶けて水に戻ったが故に作成されたのだろう。
それはつまり、足元に水気があるという事。そして、ベルトには先程用意した《光撃Ⅲ》の魔法石が装備されたバングルがある。
ジモンがぐっと身を屈めた。突進してくるつもりなのだろう。
彼が次の攻撃を繰り出すまでのタイムラグは、最初の頃より長くなるはずだ。腕を負傷しており、大斧は引き摺っている。これを持ち上げようとする場合、斧の魔法石《軽量化》と攻撃時の《重量化》を切り替えなければならない。その分のタイムラグが生まれる。
また、獣人にしては魔力を持っている部類であるジモンだが、それでもヒューマンの魔力量と比べれば遥かに少ない。
大斧で攻撃できる回数は――1回で限界。これを回避出来れば今度こそウヴァル族の彼は徒手空拳となり、勝機が生まれるはずだ。
互いに次の一手が勝敗の命運を分ける。
残っている片手に盾を取り出す。この片手用の盾には魔法石《防壁》大サイズが装着されているので、まずはこれを起動しなければ。
ジモンが走り出したのを見て、用の済んだ盾をフリスビーのように投げつける。彼の腕は動かない状態なので、それを頭突きで叩き落された。破壊的な音と共に、硬いはずの盾が見た事のない凹み方をする。
「――お嬢。そういうのは手癖が悪いから止めろと、ベリルさんが言ってましたよ」
「知らない」
一瞬の足止めに成功。
その間に矢を1本作成した。水属性と混ざり合った光属性魔法は、近くの水気に惹かれるようになる。
これでこの矢は導線としての役割を果たすだろう。本命は矢の後に撃つ、バングルの《光撃Ⅲ》だ。
矢を引き絞る。狙いはジモンの足元なのだが、流石の彼も当たれば即死も見えてくる魔弓での一矢を受けるつもりはないようで走る速度を落とした。無理に間合いを詰めるのではなく、この矢を撃たせて突っ込むつもりなのは一目瞭然だ。
標的は動かない地面なので関係なし。矢を放った。
しかし、ジモンの動きを警戒する素振りを見せなかったせいで、むしろ彼に怪しまれてしまったらしい。野生の勘だろうか。
「――退くの?」
常に動きの緩慢なグロリアの唇から、困ったような声が漏れる。尤も、自分自身は感情的にそう言っているつもりなのだが対峙している人物達は無機質な音声に聞こえるそうだが。
――駄目だ、濡れた地面から出ちゃうなコレ……!
既に矢は放たれている。間合いは取り戻せるからプラスマイナスゼロにはなるけれど、失った魔力は戻ってこない。
「魔力切れ狙い?」
賢明な判断である。初期に重めの魔法を贅沢に使ったせいで、珍しく底を突きそうなのは事実だ。
大抵の対戦相手はグロリアの魔力が無尽蔵に湧き出ていると錯覚するので、魔力切れ狙いを早々に切り上げるが、ジモンは別だ。彼とは長らく組んで仕事をしていたので、魔力が底無しでないとよく知っている。
――駄目だ。Ⅰ系の魔法を組み合わせて、魔力の消費を抑えないと。魔法が使えなくなったら、この怪我だしどうしようもできなくなる。
《光撃Ⅲ》の起動はキャンセル。当たらない魔法に割くリソースは無い。
水場に着地した矢が細かな光を放つ。濡れた床に奔った光を見て、ジモンが軽く肩を竦めた。これで水場の存在も知覚されてしまったので、より慎重に行動するだろう。
――いや、待って。むしろ天然物のバリケードをゲットした?
ここに立て籠もってあれこれするのがよさそうだ。現にジモンも攻めあぐねているのが伺える。
また鉛玉を飛ばしてきたら嫌なので、さくっと次の一矢を用意。《水撃Ⅰ》と組み合わせた。これを外したとしても、水場を広げられるので無駄にはならない。途端、ジモンが苦い表情を浮かべたので嫌がっているのも分かる。
――でも、魔法を避けているだけではないよね。ジモンは。
矢を持った手の後ろ手で《倉庫》から愛用のナイフを取り出し、鞘ごとベルトに挟んでおく。こんな刃物が届く範囲に入られた時点で負け込んでいそうだが、無いよりはマシだ。
警戒していた鉛玉だが、ジモンがそれを手にする事は無かった。
よく考えてみると片腕は使用不可で、もう片手には斧を引き摺っているのだから鉛玉云々のリソースは無いからだ。
矢の無駄撃ちはできない。真正面から真っすぐに飛ぶ矢を放ってもあっさり回避されるだけだ。
ジモンは濡れていない足場を探しているのか、ゆっくりと飢えた肉食獣のようにグロリアの周囲を彷徨っている。
1周して元の位置に戻って来た瞬間、ジモンと目が合った。