リ・エピソード【タロウ・スズキ】 戦う理由
サヤがセイギと一緒にカスタの大通りを歩いていた頃、タロウは同じ街の裏通りを歩いていた。
「へぇ……」
タロウが事前に思っていたよりも、カスタは大きな規模だった。大通りからはそれなりに離れたこの裏通りも、“裏”といいつつ後ろ暗い雰囲気ではなく、閑静といった方がしっくりときた。
だからこそ、冴えない風貌のタロウがこうしてきょろきょろとしながら歩いていても、遮られることがなかったのだった。
「この先だな」
ところで、タロウは当てもなく散策をしている訳ではない。実のところ明確な目的があって、そこを目指して歩いている。
「この手紙を……っと」
胸元に手を当てながら口の中だけで呟いていたタロウは、離れた場所に人影を見つけたことで、慌てて手を離す。懐に手紙を入れて歩いていることを、誰にであっても知られるわけにはいかない。
それほど慎重なのは、この“届け物”が王都テルトでタロウが受けてきた裏の仕事であるからだった。タロウから見ればまだ子供である仲間たちを守るため、特殊な情報と伝手を得るために手を染めているこの種の仕事では、慎重さが何よりも求められる。
コンコン……コン……コンコンコン
立ち並ぶ建物の中の一軒。他と明確な違いも見つからないそれの扉を、タロウは一定のリズムで叩いた。
ガ、チャ……
大きくも小さくもない軋み音をたてて、扉はほんの少しだけ開かれる。
タロウが入れない……どころではなく、中の様子も全く見えないくらい、本当にほんの少しという隙間だった。しかしそれで十分。
「テルトで流行っている封筒は赤と黒の縞模様だ」
懐から一通の手紙を取り出したタロウは、意味の分からない言葉を呟く。小さな声は中から扉を開いている人物にしっかりと聞こえていたらしく、息を吸う音がタロウの耳に聞こえる。
「……流行っているのはジャガイモのパイだよ」
小声なのに力強さを感じさせる低い声だった。その意味を成さない返答を聞いて、タロウは手を伸ばして手紙を隙間から扉の中へと差し入れる。
ガチャ
何も言わず、扉は再び軋んで閉じた。
「……ふぅ」
いつもの絵にかいたような情けない顔で、タロウは安堵の息を吐く。多少なりと感情を持つ人間ならこう振る舞うのだろうという、いつもの“振り”。誰も見ていないにもかかわらず、自然とそれをするほど癖づいていることに喜びを感じるでも自嘲するでもなく、タロウはその建物に背を向けて立ち去ろうとしていた。
――ぉら、待て!
ガラガラガラ
非常に小さく、大人の男の怒鳴り声と、それに続いて物が崩れる音が聞こえる。それを耳で捉えたタロウは、歩みは止めないままでさりげなく目配せをして辺りを改めて確認する。
「(通りに人影はなし、建物から見ている人も。しかし音が近づいてくる横道までの間にオレが逸れていけそうな別の道もなし……と。今から回れ右して走って逃げるのは……余計に目立つ、か)」
揉め事をうまく避けることを諦めたタロウは、揉め事の方から避けてくれることをほんの少しだけ期待しつつ歩き続ける。
といっても、歩数にして数歩程度だった。それだけ進んだところで、一気に大きくなっていた音は横道からこの裏通りへと姿を現す。
「っ!」
薄汚いぼろぼろの服を着た、貧相な一人の子供。それがタロウを見て目を見開く。
「(白々しい表情を……。オレがこっちにいることは察していたんだろうに)」
足音から感じ取っていた情報は内心に留めつつ、タロウも表面上は驚いてみせる。
「な、なんだっ!?」
「た、助けておじさん!」
“おじさん”に対してタロウが何かを言うよりも早く、子供は駆けてきたのと逆側に回ってタロウに隠れるようにする。つまり、後を追って今顔を出した大柄な男への盾としてタロウを押し出すような形だ。
「……へっ。行きな兄ちゃん。あんたにその盗人は関係ねぇだろ?」
正確に状況を察したらしい大柄な男は、気安い表情を浮かべてタロウにさっさと通り過ぎろと手振りで示す。
「頼むよ! 助けて!」
「(手に持ってる果物をかっぱらったってところか。怯えた様子なのに隙あらばオレにも何かしようって雰囲気がある辺りこいつは……)」
子供から嗅ぎなれた匂いを感じ取ったタロウは、少しだけ目を細めた。
「おい……」
「ほらよ」
焦れた大柄な男が何かを言う前に、タロウは銀貨を一枚放り投げていた。
「……ちっ」
思わずといった風に受け取った銀貨をしばらく見ていた大柄な男だったが、結局は果物数個は買えるであろうその金額で納得することにしたようだった。
「本当に助けるのかよ」
小さな声だったが、タロウにははっきりと聞き取れていた。いや、おそらく聞こえるようにいったのだろう。
「(あくまでもオレを利用して、最後は自分で何とかする気だった、てとこか? それがお人好しな“おっさん”に助けられたもんで、不満です、と)」
実際に、大柄な男が来た道を引き返していってからタロウが振り向くと、貧相な子供は不貞腐れた顔をしていた。一見すると子供らしい表情だが、その目はぎらぎらとしていて鋭い。隠すのをやめたらしいその目つきをみて、タロウはほんの小さくため息をつく。
「見えてるぞ、それ」
「……っ!」
タロウが指摘したのは子供の胸の辺り。ぼろぼろの服の下に、ぼろ布をさらしのように巻き付けて厳重に隠していたその素肌が、逃走劇の結果によって少しだけ見えていた。
もちろん、タロウが子供の素肌に動揺した訳ではない。わざわざ指摘したのは、見えたのがこの子供がこんな格好で窃盗をしている理由と思われる青い肌だったからだ。
青い肌――魔族の身体的特徴であり、人族と比べて圧倒的な魔力量の顕れでもあるとされている。そして少なくともこのテルタイ王国は、魔族を敵と認識している。
魔術か何かによって、胴体以外の部分については誤魔化せるのだな、などとタロウが考えている内に、子供は器用にぼろ布をまといなおす。そして人族と同じ色の肌をした顔を精一杯に歪めて、タロウを睨みつけてくる。
「言い触らすつもりなら、さっきそうしている」
「誰かに言ったら殺す」
捨て台詞はあったものの、タロウの言葉をもっともだと考えたらしい子供は素早い動きで走り去っていく。そしてタロウは、そもそも興味などなかったと主張でもするかのように、そのまま歩き出す。
「(オレが戦うのはあいつらを守るためだ。さっきのガキは自分が生きるため、だろうな)」
ふと浮かんだ考えを止めることもできずタロウは周囲を見回す……、殆どの民が訳も分からないまま敵と定められた魔族との戦争に向かう、この国を。
「(この国の……、いや、この世界の人族とやらは、何のために戦うというんだろうな)」




