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8.海軍は反省しよう

明治38年(1905年)6月中旬 皇居


 小村外相との会談がすめば、次は海軍の番だ。

 皇居内の会議室に東郷大将と秋山中佐が入ってきて、まず陛下にあいさつをする。


「本日は拝謁の栄に浴しまして、恐悦に存じます。臣に会わせたい者がいるとのお話ですが、それは彼らでしょうか?」

「うむ、わざわざ呼び出してすまんな。しかし事は重大ゆえ、彼らの話を聞いてやってほしい。まずは座ってくれ」

「は、失礼します」


 そう言って座った東郷さんと秋山さんに、俺たちは向かい合って座る。


「はじめまして、東郷提督、秋山中佐。私は大島祐一と申します」

「後島慎二です」

「中島正三です」

「佐島四郎です」

「川島健吾です」


 こちらがあいさつすると、東郷さんも鷹揚おうようにうなずき、名乗った。


「うむ、東郷平八郎とうごう へいはちろうである」

秋山真之あきやま さねゆきです」


 秋山さんも続いて名乗ると、まずは彼らをねぎらう。


「先日のバルチック艦隊との海戦はお疲れさまでした。歴史に残るほどの圧勝だったようですね」

「うむ、普段からの鍛錬のうえに、将兵が一丸となって戦った成果だな」

「そうでしょうね……しかし海軍にとって、反省するべき点も多いのではないですか?」


 そう言うと、東郷さんがムッとした顔をする。


「失敬だな、君は。それが初対面の、しかも目上の人間に言うことか?」

「不快にさせてしまったなら、すみません。あいにくと交友を温めている暇がないのと、お2人であれば、その意味に気づいてくれるのではないか、と思ったのです」


 東郷さんは、こんなことを言わせておいていいのかと言わんばかりに、陛下の方を見る。

 しかし陛下が先を促す仕草をすると、また俺に視線を戻す。


「細かい失敗などはいくらでもあるだろうが、あいにくと非難されるほどのことは、思いつかんな。せっかくなので、教えてもらおうではないか」

「ええ、けっこうですよ。まず海軍単独で旅順を攻略しようとして、無駄な時間を半年も費やしたこと。これによって敵に、陸正面の防備を固める猶予を与えてしまい、陸軍に多くの血を流させることになりました」

「むっ、そんなことはどうか、分からんではないか」

「いえ、分かるんですよ。未来でもそれぐらいの記録は、残ってるんですから」

「未来だと? 何を言っておるのだ……」

「こういうことですよ」


 俺はそう言いながら、パソコンを取り出して画面を開いた。

 そして写真や動画を、彼らに見せつける。


「な、なんだ、それは?」

「本の中の絵が、動いている?」


 突然の事態に驚愕し、動揺している彼らに、陛下が話しかける。


「信じがたいかもしれんが、彼らは116年も先の未来から、この時代にやってきたらしいのだ。そうでもなければ説明のつかないことが、起きている。それらの文物もそうだが、彼らはアメリカがロシアとの講和を仲介してくる時期も、ピタリと言い当てた」

「なんですと? 未来から来たなど、そんなこと……」

「たしかに信じにくい話ですが、それで目の前のものに説明はつきますね」


 彼らは相当とまどっているようで、先ほどの勢いはどこかへ飛んでいた。

 俺はここぞとばかりに、先ほどの話を再開する。


「とりあえず、我らが常識外の知識を持っていると思って聞いてください。話を戻しますが、海軍の最大の失敗は、ウラジオ艦隊の跳梁を許したことです。これによって多数の船を失い、あまつさえ陸軍兵士を数千人も失うという失態を犯しました」

「なにを部外者が偉そうにっ!」


 俺の言葉に東郷さんが激昂し、大声を上げながら立ち上がる。

 しかし俺の言っていることは事実だ。


 開戦当初、ロシアのウラジオストック軍港には、4隻の巡洋艦を中心とする艦隊があった。

 もちろん海軍はこれを攻撃しようとしたが、敵は堅い港に閉じこもって出てこない。

 やむを得ず帰還したのだが、敵はその隙を突いて通商破壊戦を仕掛けてきたのだ。


 結局、開戦から半年後に撃破されるまで、奴らは日本近海を暴れまわり、11隻が沈没、1隻が大破、2隻が拿捕されるという、大きな被害を与えている。

 中には千人あまりもの兵士を乗せた状態で、撃沈された輸送船もある。

 海上輸送路シーレーンを守るという意識の薄い日本海軍らしい、無様な結果だ。

 そんな話をつきつけてやると、東郷さんが顔を真赤にしながら、反論する。


「ええいっ、上村かみむらだって全力を尽くした結果だったのだ。戦ってもいない者が、偉そうに批判するでないわっ!」


 上村とは上村彦之丞かみむらひこのじょう中将のことで、ウラジオ艦隊を追っていた第2艦隊の司令官である。

 半年間もウラジオ艦隊の跳梁を許したことから、私邸に石を投げこまれるほど、強い批判を受けたという。


「戦場に出てない者は、どんなにマヌケな戦闘も批判できないんですか? それはずいぶんと都合がいいですね」

「貴様っ!」


 とうとう殺気までにじみ出てきたところで、陛下が止めに入った。


「そこまでにせよ、大島。東郷ももっと落ち着け。大人げないぞ」

「しかし陛下!」

「そなたたちが精一杯、戦ったであろうことは、私も疑っておらん。しかし海軍のあり方については、疑問が残るぞ」

「……それは、どういう意味でしょうか?」


 陛下の批判に、東郷さんが顔を青ざめさせる。

 すると陛下は、説明は任せるとばかりに、顔を振ってきた。


「それは私から説明させてもらいましょう。まず今回の戦争に先立って、児玉大将から海軍に、協力の要請があった。それはよろしいですね」

「う、うむ。それは山本さんから聞いておる」

「ですね。そして児玉閣下からの要請は、海上輸送路の維持にあったわけです。しかし海軍は、それに失敗している」

「だからそれは、現場の都合も――」

「それは分かります。しかし海軍が全てをやったとは言えません。具体的に言えば、上村中将は敵が出てくれば出港し、それを撃滅しようとしただけです。つまりシーレーンは二の次で、間接的に守ろうとしたに過ぎません」

「それになんの問題があるのだ? 敵を倒すことでシーレーンも守れる。当然ではないか!」


 東郷さんが、さっぱり分からないといった顔で反論する。

 そこで俺は秋山さんに視線を向けると、彼が答えを言ってくれた。


「提督、そうではありません。彼は輸送船を直接まもることで、被害を減らせたと言いたいのです」

「そんなこと、ありえないだろう。軍艦とは敵を打ち破るためにあるのであって、そのような雑事に使うものではない」

「そこです、閣下。その考え方こそが、最大の問題なのです」

「なんだと?」


 俺の指摘に、東郷さんが再び気色ばむ。

 しかし俺は秋山さんに向けて語りかけた。


「秋山さんには、お分かりですよね? 海軍の本来の使命とは、味方のシーレーンを守ることであり、敵のシーレーンを壊すことだと」

「……理屈でいえば、そうだね。しかしそれにはいろいろな環境や状況も絡むから、一概には言えない」

「いいえ、違いますよ。本来はそうあるべきなんです。艦隊同士による決戦こそ、制海権を得るためのいち手段に過ぎません」

「……」

「何を偉そうに。現場を知らない若造が!」


 秋山さんが黙りこむと、東郷さんが忌々しそうに口を挟む。

 そこで俺は改めて東郷さんに顔を向け、決定的な言葉を叩きつける。


「あなたのその考え方が、帝国海軍を腐らせるんですよ。その結果30年後には、情報や補給の重要性を理解もせず、ひたすら艦隊決戦にこだわる、劣悪な海軍ができあがります」

「な、なんだとっ!」

「改めて説明しますよ。40年後の、悲惨な未来をね」


 そこから俺はパソコンを使い、改めて太平洋戦争の悲惨さを語った。

 そしてその過程で、日本を泥沼の戦争に引きずりこんだ、昭和の帝国海軍のひどさをあげつらった。


 楽観的な予測に基いて真珠湾攻撃を行ったものの、その後の戦略を全く持っていなかった海軍。

 シーレーン防衛の意志も能力も持たず、輸送船の護衛は女子供の仕事だと、平気で言ってのける海軍。

 その結果、輸送船を沈めまくられ、日本中を物資不足に陥れた海軍。


 ハンモックナンバーと軍令承行令に縛られ、有効な人事を行えない海軍。

 陸軍をニューギニアにひっぱり出しておきながら、一方的に補給を打ち切り、数十万人を餓死させた海軍。

 数百機の飛行機で米軍に襲いかかりながら、ほぼ全滅したにもかかわらず、それを大勝利と喧伝し、陸軍の戦略を誤らせた海軍。


 そんな話を延々としてやったら、とうとう東郷さんが音を上げた。


「ま、待て待て、待ってくれ……それは、本当のことなのか?」

「ええ、本当のことですよ。ひどいでしょう? 国家予算の3割も分捕っておきながら、こんなことをやったんですよ」

「……それは、本当ならひどいな。しかし、信じられるか? 秋山」


 そう言って東郷さんは、秋山さんの顔をうかがった。

 すると秋山さんは、眉間にシワをよせながら答えた。


「ええ、可能性はあると思います」

海軍の日本海海戦の神聖視、絶対視は凄まじかったらしくて、誰もケチをつけられない雰囲気だったそうです。

それでも勇気ある士官が、”日本海海戦にも見直すべき部分はあるはずだから、戦訓を検討しよう”と提案したとか。

しかしその士官は、数ヶ月後には海軍を追い出されていたそうです。

そりゃあ、あんな劣悪な組織が出来上がるわけだ。

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