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7.アメリカを巻きこもう

明治38年(1905年)6月中旬 皇居


「ああ、アメリカは満州で巻きこめばいいんですよ」


 アメリカへの配慮はどうするのかと問う伊藤さんに、俺はそう答えた。


「満州というと、鉄道か?」

「そうです。じきにエドワード・ハリマンていうアメリカ人から、南満州鉄道の共同経営を提案されます。金のない日本にとっては、渡りに船ですよね」


 しかし山縣さんが、それに文句をつける。


「我が国の兵士が、多大な労力と血をもって獲得した利権を、やすやすと譲り渡せと言うのか?!」

「落ち着いてください。たしかにそう見えるかもしれませんが、これは安全保障上も、利益のあることなんですよ。アメリカが参加することで満州も安定するし、さらなる投資も呼びこめますからね。絶対に日本単独でやるより、儲かりますよ」

「本当にそうか?」


 なおも疑わしそうな顔をする山縣さんを、井上さんがたしなめる。


「そう頭から疑って掛かることもないだろう。私は大島くんの言うことには、十分に理があると思うがな。そもそも日本は、すでに台湾と韓国を抱えているのだ。それ以上の海外投資など、とてもできんだろう」

「ありがとうございます。ですがその台湾や韓国に対しても、投資は控えた方がいいですよ。特に韓国とは防衛協定だけ結んで、干渉は避けるべきだと思います。まあ、北部の鉱山資源の利権だけは、確保したいですけど」

「む、なぜだ?」

「深く関われば関わるほど、足抜けしにくくなるんです。それに加えてあちらには、日本の風下に立たされるのが、我慢できない人が多すぎますからね。おかげで常に反乱や騒動が絶えなくて、まったく割に合いません。不干渉がベストです」

「しかし、多くの血をもって獲得した権利だぞ。それを手放すなぞ、世論が黙っていないだろう」


 井上さんがそう言えば、山縣さんも大きくうなずく。

 一方、伊藤さんと松方さんは様子見といった感じだ。


「たしかに多くの兵士が血を流した結果ですけど、その結果、不幸になったら本末転倒ですよ。これはイギリスやアメリカを巻きこむのと一緒ですが、徐々に世論を誘導して、利権の分配や不干渉もやむなしという雰囲気を、作る必要がありますね」

「むう……例えばどうする?」

「そうですねえ……利権の分配については、英米の貢献内容について、広めるんです。そして満州や朝鮮半島の危険さも説明したうえで、ちゃんと満州鉄道や鉱山の利権は確保しているんだと、主張します。それから東北をはじめ、国内の投資不足もアピールして、まずは国内からという雰囲気を、作り上げるんですよ」


 そう言うと、井上さんや山縣さんはまだ難しい顔をしていたが、伊藤さんや松方さん、そして陛下や殿下が賛成してくれた。


「うむ、よいのではないかな。実際問題、我が国の環境は、いまだに苦しいことに違いはないのだ。英米の力を借りるのは、決して悪くない」

「ですね。それにとにかく金が無いのは事実なんです。手っ取り早く成果を出すには、英米の投資は絶対に必要でしょう」

「私も賛成だな。目先の感情で独占を狙っても、苦しむ民が増えるだけであろう」

「そうですね。未来が分かっているなら、打てる手もありますから」


 そこで俺は、さらなる提案をする。


「あ、未来という点では、8月29日に講和が成立するんですが、賠償金なしに怒った連中が、各地で騒ぎます。日比谷の交番なんかが、焼き討ちされちゃうんですよ。だからそれまでに、日本はただ勝っただけでなく、どれだけの犠牲を払ったのかなどを、広めておく必要があります。まあ、講和交渉でなめられないよう、配慮する必要はありますけどね。この辺の指揮は、伊藤閣下にお願いできませんか?」

「ふむ、そうだな。バラバラに動かないよう、誰かが指揮するべきか。ならば私が引き受けよう」

「ありがとうございます。それと陛下。小村外相と、海軍の東郷大将ともお話できるよう、手配いただけませんか? 今後の手はずについて、話し合う必要がありますから」


 すると陛下は鷹揚おうようにうなずいて、了承してくれた。


「うむ、手配しよう。今が大事な時だからな。よろしく頼むぞ」

「ええ、こちらこそ」


 こうしてようやく元老との会談も終わるかと思ったら、井上さんに問われた。


「ところで君たちは今後、どのように動きたいと考えているのかね?」

「え~と、それは講和を実現して、軍の建て直しをする以外に、ということですよね?」

「そうだ。君たちの持つ知識は、歴史以外にもいろいろあるのだろう? それを我が国のため、ぜひ活用してもらいたいのだがね」


 井上さんが狡猾そうな表情で、ニヤリと笑う。

 さすが、ビジネスに貪欲な御仁である。

 俺は深呼吸をすると、仲間たちとすり合わせていた内容を披露する。


「それについては、私たちからも提案したいと思っていました。今、考えているのは、こんなとこですね」


 そこで俺は数枚の紙を取り出し、元老と陛下、殿下に配った。

 そこには俺たちの専門と、取り組みたい内容が書かれている。


大島 裕一:エンジン技術者。

      自動車と飛行機の研究開発、普及の促進

後島 慎二:金属材料技術者。

      鉱山開発・製鉄能力向上に取り組みつつ、金属材料を開発。

      戦艦開発にも助言

中島 正三:電子・電気関係の技術者。

      電力業界・電気産業を育成しつつ、電気製品を開発。

      戦車開発にも助言

佐島 四郎:化学材料の研究者。

      油田開発・化学産業育成に取り組みつつ、化学材料を開発。

      銃器、大砲の開発にも助言

川島 健吾:金融・情報関係のプロ。

      商会を立ち上げて資金を稼ぎつつ、海外の諜報網を整備


 それぞれにしばらくメモを眺めていたが、やがて井上さんが口を開いた。


「ずいぶんと有用な人材が揃っているようだね。これだけの分野で協力が得られれば、国力増進に大きく寄与するだろう」

「うむ、そうですな。しかしこの、戦車とは何かな?」

「ああ、それはですね――」


 松方さんの質問に、第1次世界大戦で誕生する戦車について、説明する。

 すると今度は山縣さんが、不思議そうに問う。


「川島くんのこれは、具体的にどんなことをするんだ?」

「はい、まずは商会を立ち上げて、そこで資金稼ぎをします。そうしながら主要国に支店を置き、情報収集を考えています。できれば陸軍や海軍とも連携して、手広くやりたいですね」


 そう川島が説明すると、山縣さんはなお分からないという顔をする。


「分からんな。そんなことをして、どうする? 各地の大使館や公館があれば、十分ではないか。素人が手を出すこともないと思うがな」

「う~ん、そうは言っても、情報を得る手段は多い方がいいですよね? 主に経済面から見た情報を、収集したいと思います。まあ、普段は金儲けをしてますがね」

「それについては、皇室から予算を出して、運用してもらいたいと思っている。そこから得た利益は、慈善事業や、産業の振興に当てたいと思うのだが、どうだろうか?」

「皇室がバックアップするのですか……」


 このアイディアは陛下と話している時に出たもので、ぜひ出資したいと言われたのだ。

 すると伊藤さんから、懸念の声が上がる。


「皇室が出資などすれば、注目を浴びてしまいます。存在の隠蔽いんぺいには不都合なのでは?」

「そこは誰か、適当な者を代表に就けるつもりだ。あくまで川島くんは、そこの従業員という形を取ってもらう」

「ふむ、それならばよいでしょう。ちなみに彼らの身元の保証は、どうされるのですか?」

「今、それぞれに戸籍を準備しておる。そのうえで必ず護衛を付けて、活動してもらうことになるだろう」

「当然ですな。彼らは我が国にとって、かけがえのない存在となりそうだ。その扱いについては、慎重を期すべきでしょう」

「そうだな。その件については、おぬしらにも協力してほしい」

「もちろんですとも」

「ええ、実に楽しくなりそうです」


 最後に井上さんが、本当に楽しそうな顔をしていた。

 井上さんとくれば、銅山を乗っ取っちゃうような人だからな。

 都合よく使われないよう、気をつけたほうがよさそうだ。

 こうして元老たちとの会談は、ようやく終わったのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その2日後には小村外相との会談が実現し、俺たちは講和へ向けての流れを話し合った。

 その中では樺太全島の獲得を目指し、さりげなく交渉を誘導することで一致する。

 しかし桂・ハリマン協定については、なかなか理解が得られなかった。


「なんだと! 我が国の兵士の血であがなった鉄道の利権を、あっさりとアメリカに分けてやれと言うのか?」

「落ち着いてください、閣下。長い目で見れば、その方が日本の利益になるのです」


 史実では、小村さんがポーツマスで講和交渉中に、首相の桂さんとハリマンの間で、満鉄に関する覚書が交わされる。

 しかし交渉を終えて帰国した小村さんは、それに大反対して、ひっくり返してしまうのだ。

 結局、南満州鉄道株式会社という半官半民の企業として、日本単独で運営されていくのだが、はたしてそれが正しかったのかどうか。


 感情論として独占したいのは分かるが、日本だけで運営しようとするのは、効率が悪いとしか思えない。

 ハリマンというか、米国資本が1億円も出してくれれば、日本はその分を国内の投資に回せるのだ。

 それに史実でもアメリカは、なにかにつけて満州の運営にケチをつけてくる。

 それぐらいだったら先に味方につけて、ほどほどに利益を分け合う方が安定するであろう。


 そんな感じで、川島と一緒に説得を続けると、小村さんもようやく折れてくれた。


「むう……すぐには承服しがたいが、君たちの言うことにも一理はあるようだ。一度よく考えてみるので、また話し合おう」

「ええ、よろしくお願いします」


 こうして小村さんとの会談は終わったのだが、非常に疲れる説得であった。

 しかしそれに見合う成果は得られると、感じてもいた。

5人のうち3人が戦艦、戦車、銃砲に助言、とあるのは、それぞれがその道のオタクで、口を出したいという欲望の表れです。w

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