幕間: 大統領は頭が痛い
昭和15年(1940年)11月中旬 ホワイトハウス
【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】
「ば、馬鹿な! 太平洋艦隊が全滅しただと?! 確かなのか? それは」
「は、残念ながら、その模様です」
信じられん、こいつは大統領である私に、嘘をついているのではないか?
戦艦13隻を擁する大艦隊が、日本に敗れただと?
しかも全滅?
あり得ないだろう。
「これはどういうことだ? ハロルド!」
「は……それがそのう……」
海軍作戦部長のハロルド・スタークを問い詰めるも、まともな返事は返ってこない。
私はつい苛立って、大声を上げてしまう。
「一体、海軍は何をしているんだ?! 海の向こうの黄色いサルが、我が艦隊を全滅させただと? そんなこと、信じられるはずがないではないか! 君は私をからかっているのか?!」
「いえ、決してそんなことは……」
「じゃあ、なんだと言うんだ?!」
すると海軍長官のノックスが、とりなすように言う。
「落ち着いてください、大統領。我々も予想外のことで、大いに戸惑っているのです。今、分かっていることは、現実に太平洋艦隊と連絡が取れないこと。そして小癪なジャップが、大使館経由で捕虜の概要を送ってきたことです。その際に、”太平洋艦隊は殲滅した”、と向こうが言っているのです」
「なんだとっ! 捕虜は何名いるのだ?」
「は、およそ2万人と、向こうは言っております」
「2万人だと? たしか今回の作戦には、6万人ほどが出動していると言っていたな?」
「……そのとおりです」
ノックスが青ざめた顔で肯定する。
しかしそれが意味することは……
「馬鹿な。それが本当なら、4万人の将兵が失われたことになるではないか?」
「はい、残念ながら……」
「ただちに事実かどうかを調べろ! 日本にも諜報員がいるだろう?」
「すでに取り掛かっております」
「急がせろ!」
馬鹿な、そんなことがあり得るか。
しかしもし本当であれば、非常にまずい。
選挙で勝ったばかりだというのに、これでは早々にレームダックに陥ってしまうではないか。
(※11月10日の大統領選挙で、ルーズベルトが勝ったという設定)
もしもの場合に備え、何か考えねば。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しかし情報を精査すればするほど、状況は悪くなるばかりだった。
母国に帰りつけたのはわずかな潜水艦だけで、水上艦は1隻も戻らなかったのだ。
そして潜水艦が傍受した通信からすると、やはり我が太平洋艦隊は、ジャップに負けたらしい。
信じられん!
黄色いサルどもに、我が軍が負けるなど。
「太平洋に回せる戦力は、どれぐらいになるのだね?」
「は、主力艦は戦艦を5隻と、空母を2隻になります。大西洋側も、イギリスの攻撃に備えねばなりませんので」
「くっ……新造艦はどうなのだ?」
「は、サウスダコタ級が2隻、そろそろ就役しますが、戦力化には2ヶ月ほど掛かります」
「遅いっ! もっと急がせろ!」
「はっ……」
くそっ、このままでは西海岸の国民どもが、騒ぎだすではないか。
まったく、忌々しい。
「それで、敵の行動予測はどうなっている?」
「はっ、敵には強大な戦力が残っていることから、おそらくウェーク島、ミッドウェー島の陥落は免れないかと。下手をすると、ハワイまで占領されかねません」
「くそっ……グアムのみならず、ウェークやミッドウェーまでもだと? しかしいくらなんでも、ハワイはあり得んだろう?」
「いえ、我が国に圧力を掛けるのなら、ハワイの占領は有効です。最低でも無力化してから、西海岸に攻撃を仕掛けてくる可能性が高いかと」
「うぬうっ……」
悔しいが、ハロルドの推測は否定できない。
なんとかして、新造艦が完成するまでの時間を、稼がねば。
「ミッドウェーまではいいとして、ハワイ占領は絶対に許容できない。守る算段はあるのか?」
「……可能な限りの水上艦と潜水艦をハワイに集めます。それと航空機も最優先で配備すれば、あるいは」
「ふむ……いいだろう。大西洋とのバランスを考慮する必要はあるが、できる限りのことはしよう。その代わり、失敗は許されないぞ」
「了解しました。それから太平洋艦隊司令長官のリチャードソンが、辞任を申し出ておりますが?」
「ああ、艦隊が全滅したんだから、その責任は取らせないとな。しかし後任はどうする?」
「何人か候補を選出しますので、大統領閣下に選んでいただきたく。非常事態なので、若手で有能な者を抜擢したいと思います」
「ああ、それでいい。候補が決まり次第、リストを回してくれ」
「はっ」
話が一段落して、ようやくひと息ついた。
しかし難問山積で、頭が痛い。
今後もしばらくは、楽になれないであろうな。
だが最後に勝って笑うのは、この合衆国だ。
そうでなければならん。
見ておれよ、ジャップ!




